『2010年の総括』後編
東京都の条例改正問題
もう一つ、2010年を振り返って見逃せないニュースといえば、東京都の青少年保護育成条例改正問題であろう。東京都知事、石原慎太郎の強硬な発言の数々によって、大きな反発を受けているホットなニュースである。
そもそも普通に暮らしているものからすれば、あわてて規制強化するほど差し迫った問題ではないし、一般社会にそうしたコンテンツが脅威を与えているとは到底思えない。偉そうなことを言ってはいるが、どうせ児童ポルノ撲滅に血道を上げる外人どもにいい顔をしたいだけに決まっている。ポルノが溢れていたって、日本人は連中ほどに児童性犯罪を犯してはいない。まったくもって余計なお世話、というほかない。
だいたい為政者側が、健全だの不健全だのといった価値観を語るあたりが押し付けがましい。傑作なら規制されないなどとツイッターで発言した副都知事もいるようだが、傑作かエロか、そんな判断をいったい誰ができるというのか。
極端な話、上野の国立美術館に古代ギリシアの恋愛物語「ダフニスとクロエ」をテーマにした「春」という少年少女の裸体画があるが、こういうミレーの絵だって、AVもYourfilehostもない時代の大衆の中にはエロ目的で眺めていた奴が大勢いたはずだ。
春画だって今じゃ芸術品扱いだし、ポルノ出身の映画監督も無数にいる。時を経て芸術的な見地から再評価される彼らの作品も少なくない。
健全か否か、芸術か否か判断する目を、同時代の人間が持ち合わせているとは限らない。都知事らが目の色を変えて攻撃する非実在青少年なるものだって、数百年後にどう評価されているかなどわかりゃしない。現代人の浅知恵で下手なことをいうものではない。
対策が望まれるコンテンツ産業
とはいえ条例で定められた以上、もはやコンテンツ供給側としては従わざるを得ない。
何がOKで何がNGか、お上の胸三寸で運用される恐れがある以上、条文を細々と検討しても無意味。メーカーや流通側が「めんどくせーからやめちまおう」と自粛ムードになるのは、リスク回避として当然である。本来なら規制の対象外となるようなものでも、無理して手を出さない雰囲気になってゆく。
こうやって業界のパワーは徐々にそがれてゆく。世界中が日本のアニメや漫画業界を羨み、あわよくば追い落とそうとしてるのに、わざわざ足を引っ張ってどうするのか。
しかし嘆いていても始まらない。こうなったらいっそ、東京都とよその県で別バージョンを作り、さらなるビジネスチャンスととらえるのが前向きな姿勢といえるだろう。
たとえば「花と蛇」という映画があったが、東京都以外の映画館では小向美奈子主演の過激SMエロエロ映画として上映する。一方、東京都内の映画館では、まいんちゃん主演の童話ものとして公開するのだ。生産者としてもこれなら1本分の労力で、県境を行きかうリピーターを多数獲得できる。なあに、編集でどうにでもなる。
むしろこのやり方が発展すれば、1つの映画を数バージョンに増殖させる日本の超絶編集技法が世界市場を席巻する可能性もある。ハネケやノエの過激映画も、東京バージョンは18歳未満大歓迎のまいんちゃん主演作。ハリウッドで日本人編集マンが活躍する日も近い。
ついでに東京バージョンの定価を一律10万円に設定して98パーセント割引クーポンを販売すれば、首都圏近郊でバカ売れ間違いなし。東京のコンテンツ産業に好景気がもたらされるはずだ。石原都知事ありがとう。
2010年気合の入った邦画
さて、2010年は話題性でも興行面でも邦画が強かったが、満足のいく作品は相変わらずそう多くはなかった。
そんな中でも群を抜く傑作といえば『告白』で、賛否両論はあれどこいつが2010年を代表する日本映画であることは間違いない。個人的にもダントツの出来栄えであったと思っている。
これを撮った中島哲也監督のように、明らかにテレビドラマとは次元の違う映像を作れる人が、これからの日本映画を支えていくだろう。地デジや大画面テレビが普及し、テレビの映像面での限界というものを人々は無意識のうちに学習している。テレビとは違うものが見られると感じたならば、彼らはちゃんと映画にお金を払ってくれる。
アクションのない地味なドラマであってもそれは同じ。「スゴイ映像をみたいときは映画館だよね」という、ごく当たり前のニーズを満たしてやることがこれからはより大事になる。ミニシアターの不調と、3D映画の隆盛は、それを如実に表している。
このほかでは、テレビドラマの映画化ながら脚本の面白さが際立つ『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』も、私は高く評価する。映画界はこの脚本を作った人たちを、思い切り大切にしたらいい。まだ見ていない人がいたら、ぜひ体験していただきたい。
あとは、古典的に見えて現代的なテーマを入れ込んだ社会派ホームドラマ『おとうと』。熱い男の戦いを見たい方には『十三人の刺客』。愛国系時代劇の『桜田門外ノ変』。アニメならば『涼宮ハルヒの消失』。このあたりもなかなかいい。
2010年気合の入った海外映画
海外の作品では、まずはアニメーションの2作品。『トイ・ストーリー3』と『ヒックとドラゴン』は外せない。前者は3歳から楽しめる大傑作で、親子で見ると親ばかり泣いているという作品でもある。後者も出来栄えでは負けていないが、わかりやすさと知名度の点で大きく後れを取り、興行的には残念な結果に終わった。個人的には大人にこそ見てほしい作品である。
実写のほうではハリウッドらしい、笑いと驚きのスペクタクル娯楽作がいくつか目についた。『ナイト&デイ』はその中でも突出して出来がいいが、米国市場ではそっぽを向かれた。爆笑しながらトンデモアクションを楽しむ映画は、あまり流行らないとみえる。
『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』も似たようなコンセプトの映画だが、登場人物がティーンエイジャーなので若々しい。ギリシャ神話好きは必見のアドベンチャー映画といえる。
この題材は2010年の流行で、『タイタンの戦い』というリメイク作品もあった。お父さんと息子さんが、一緒になって熱くなれるいい映画だ。
『運命のボタン』は、おカネのことを考えさせられる2010年らしいサスペンスで、出来も上々。棺桶の中だけで映画を作ってしまったスリラー『[リミット]』とともに、脚本重視派に向いている。
韓国映画では爆笑パニック映画『TSUNAMI-ツナミ-』と、見たら怒り必至な『クロッシング』。どちらもよく出来ている。
2010年ダメダメ映画
海外作品のダメ品といえば、『エクスペンダブルズ』と『ソウ ザ・ファイナル 3D』で決まりか。前者は個人的に、数年前の企画の段階から期待していただけあって落胆も大きかった。後者は見る前からダメ作とわかっているような残りカスだが、その期待を裏切らない堅実なつくり。
一方日本映画は、邦画バブルともてはやされる状況にふさわしい花盛り状態。ダメ作・珍作目白押しで、ささやかなお小遣いと休日の時間を無駄にする自虐的快感を覚えたい向きにはたまらない豊作であった。
そんな中、柴咲コウ&王様のブランチという勝利の方程式を完全に打ち崩した『食堂かたつむり』の強さが目立つ。いったい何がいけなかったのか、分析する暇のある方にはやりがいのある研究対象だ。
『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』も、十分な準備期間と予算があったはずなのに突貫工事としか思えぬ脚本で人々を驚かせた。
逆に、よく企画が通ったものだと感心させる恥ずかしラブストーリー『誰かが私にキスをした』、結果的に最終回引っ張り商法に引導を渡す形になりそうな『のだめカンタービレ 最終楽章 後編』あたりも記憶に残しておきたい。また、人気者を集めただけじゃどうにもならない事を証明した『FLOWERS フラワーズ』も、忘れてはならない一品であろう。
日本映画界の実力を別の意味で証明した『ゴースト もういちど抱きしめたい』も、リメイクファンには見逃せない。
2011年からは3D上映劇場もより普及し、合わせてさらなる珍作の登場も予想される。そうした作品を含めて、1本でも多く当サイトで紹介し、盛り上げていきたいと思っている。