『涼宮ハルヒの消失』80点(100点満点中)
2010年2月6日からロードショー 2010年/日本/カラー/163分/配給:角川映画
監督:石原立也 監督:武本康弘 脚本:志茂文彦 脚本協力:谷川流 声の出演:平野綾 杉田智和 茅原実里 後藤邑子 小野大輔 桑谷夏子

人気が出るのもよくわかる入魂の一作

ライトノベルも深夜アニメも見ない私としては、涼宮ハルヒと遭遇する機会はまずないだろうと安心していた。だから角川の編集者に、いかに熱くその魅力を目の前で語られろうとも、これまでは軽くいなすことができた。

だが映画化されるとなれば話は別だ。もう避けて通るわけには行かない。

しかし、よりにもよってインターネット上でこのタイトルについて下手なことを書けば、間違いなく批評家生命を失うことになろう。そんな恐るべきプレッシャーの中で、しかし私は命がけでこの記事を書くことに決めた。

クリスマスが近いある日。普段のように登校したキョン(声:杉田智和)は、これまた普段どおりにハイテンションなハルヒ(声:平野綾)や、その対極にいる長門(声:茅原実里)らいつものメンバーと、変わらぬ日常を過ごしていた。しかし、キョンの「日常」はその日が最後であった。翌日、登校した学校にハルヒの姿はない。それどころか、いるはずのない人物が、ハルヒの席に座っていた。これまでにないほど強烈な非日常に突入したキョンが、最後に頼りとする長門はしかし……。

いかにもラノベ的な、思い付きを並べたような過剰に一文が長いモノローグ。音声で聞くと、あまりに邪気眼風味で気恥ずかしくなり、のっけから本気で席を立ちそうになった事をまずはここに告白しよう。

だが、絶対領域がまぶしいかわいい顔をした女の子が、ありえないテンションで騒ぎ始めてから「これ面白いかも」と思い直し始める。やがて綾波のコピーみたいのや、巨乳しか能のないオドオドちゃんといった、確信的なまでに類型的なキャラクターが登場するのを見て、私は気づいた。なるほど、これは新時代の水戸黄門なのだ、と。こういう設定に、ファンはなにより安心感を得るのである。

考えてみれば、いまどきの若者は案外保守的である。生まれたときから不況しか知らぬ彼らがそうなるのは、ある意味必然。その証拠に、彼らが愛するセカイ系のアニメ作品は、本作を含め似たような構図ばかりだ。

ただ、決してそれは悪いことではない。過去のひながたを利用して、そこに新たなアイデアを加えていくのは日本のものづくりの王道。それ自体は批判すべきことではなかろう。

なによりこの映画は、シナリオと演出がよくできている。とくに入部届けとしおりのメッセージ。二つの象徴的なアイテムにこめられた作品のテーマがすばらしい。

とくに入部届けのほうは、渡す人物の心の中に存在するある「感情」の表れそのもの。そしてそれは、無意識のうちに発生したと思われるものだ。だからその入部届けを主人公がどう扱うか、その意味を考えると、観客はこの上なくせつない気持ちになる。

じつに見事な演出である。悔しいが、実写の日本映画でこれほどの演出技法を見る機会は極めて少ない。

現在、テレビドラマの安直な映画化が乱発されている。そしてアニメーションも、エヴァンゲリオン劇場版の大ヒットにより、本作のようなマニア向け作品の劇場版企画が通りやすくなっている。案外手堅い商売だということに、業界が気づいたためだ。

だが、テレビドラマの映画版はそろって排泄物のような出来なのに、アニメの方は比較的クオリティが高い。「涼宮ハルヒの消失」に限って言えば、これがはじめて世に出た一作目だとしても、十分ブームを巻き起こせるであろうほどに魅力がある。何しろ、ハルヒ初心者の私が2時間40分も没頭できたのだから本物だ。

おそらくクリエイターも、エヴァンゲリオン劇場版の成功に大きな刺激を受け、士気が高まっているのではないか。

ファンだけを相手にしようとか、ちょちょいと作ってしまおうという安直さはまったく感じられない。この映画も、女子高生の生足の描写などはテレビアニメとは別格の、相当気合が入った仕事ぶりだし、長時間の上映時間を有効に利用した間の取り方は、独特の世界観の構築に成功している。このあたりは、劇場で高回転を狙うような作品ではなかった事が幸いした。

今回の影の主役は長門有希というキャラクターだが、これがまた、監督から動画スタッフの末端にいたるまで、間違いなく全員に愛されているのだろうと思えるほどに輝いている。長門は俺の嫁という、これまで意味不明であった言い回しの理由が、私にもようやくわかった。

見たもの誰もが「こういうのに似た高校時代の思い出ってあるよなあ〜」と感じつつ、実際はまったくないという、まさに非日常を日常のように体感させてくれる斬新なアニメーション作品。「涼宮ハルヒの消失」は、長年のファンはもとより、「しばらく夢中になれるアニメないかなー」と探している一般的な人々にもすすめられる、きわめて優秀な映画作品で、私は強く勧めたい。

あと願わくば、実写映画化版の批評をする日がこないことを望む。



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