『誰かが私にキスをした』35点(100点満点中)
2010年3月27日、東映系全国ロードショー 2010年/日本/カラー/124分/配給:東映
原作:ガブリエル・セヴィン『失くした記憶の物語』 監督:ハンス・カノーザ 制作:葵プロモーション 出演:堀北真希 松山ケンイチ 手越祐也 アントン・イェルティン

今の日本市場にこの映画がウケる余地があるかに注目

『誰かが私にキスをした』は、日本の映画業界人なら誰もがこりゃ無理筋だろうと即却下しかねないリスキーな企画である。なぜこんな、始まる前からコケる事間違いなしの危険な映画が作られてしまったのか、その理由については後で述べる。

都内のインターナショナルスクールに通う女子高生ナオミ(堀北真希)。あるとき階段を転げ落ちて記憶をなくした彼女は、同級生全員をまったく覚えていないという事態に直面する。なかでも一番困ったのが、3人の魅力的な男の子の存在。どうやら彼氏だったらしいエース(アントン・イェルチン)、男だけど親友で最大の理解者ミライ(手越祐也)、そして事故の際付き添ってくれたどこか陰のあるユウジ(松山ケンイチ)。ナオミの心は3人の間で揺れ動く。

さて、このアブない企画が通ってしまった理由は、端的に言えばハンス・カノーザ監督の大きな勘違いに端を発する。東京国際映画祭で来日した彼は、日本人のお客さんがラブストーリーを好むものだと思い込み、この作品の原作の舞台をアメリカから日本のインターナショナルスクールに変更して撮影することに決めた。きっと日本の事を気に入ってくれたのだろう、なかなか気のいい男である。

しかし東京国際映画祭は、どう考えても日本の映画市場の縮図ではないし、客層もまったく異なる。そもそも、ティーン向けラブストーリーなど普通の日本人は特段好きでも何でもない。むしろ現在は、ラブストーリーを見に行くのは中年層だけというのが定説であり、10代の男女はそんなものを見にわざわざ映画館には行かない。

そうしたこの国の事情を、誰でもいいからハンスさんに教えてあげればよかったのにと、他人事ながら思うしだいである。

ともあれ、そうして出来上がった『誰かが私にキスをした』は、日本人監督ではとても気恥ずかしくて作れなかったであろう、20年くらい前に流行ったような甘くてポップな恋愛ドラマである。主演は人気と実力を兼ね備えた堀北真希。相手役の男の子3人も、みな違った魅力を持つ素敵なメンバーである。当然、今をときめく美男美女のキスシーンは、見ていてうっとりするものがある。唯一の問題は、それを見るお客さんがどこにもいないことだ。

間違って大人がこれを見た日には、容赦のないはずかし展開に顔から火が出る思いを味わえる。

とくに、松山ケンイチのキャラクターには注目だ。なにやら過去に大きなトラウマを抱えている様子で、クールかつ陰のある雰囲気。堀北真希のごとき超美少女に言い寄られても、なぜかすんなりラブラブムードになれないような印象。

この少年の発するセリフが、どう贔屓目に見てもありえないものばかりで、よくこんなイタ恥ずかしい台詞を笑わずに言えるものだと、改めて松ケンの演技力に感服したものである。

中学二年生ならともかく、これで高校生役というのだからたまらない。この映画の4割くらいは英語だが、松山ケンイチの全セリフも、英語かタガログ語にでもして字幕を出してくれたらよかった。それならなんとか笑わずに見ていられたはずだ。

主な舞台となるインターナショナルスクールの様子は、綿密な取材をしたというから、それなりに臨場感が出ているものと思われる。ランチの内容がアメリカンだったり立派な映画の編集室があったり、日本の普通の高校生活とはだいぶ異なるが、そのあたりに興味がある人にとっては楽しく見られるだろう。

まとめとして、『誰かが私にキスをした』は、堀北、松山、手越いずれかのファンである10代くらいの人以外には、ちょいとすすめにくい。自分がかつて中学二年生だったことを思い出せる、あまりうれしくない体験をしたい場合はこの限りではないが、それ以外の25歳以上の方に無理して本作を見る理由は何一つない。

なおエンドロールのあとに1シーン残されているので、お出かけになるティーンエイジャーのカップルの皆さんも早々に席を立たず、好きな人の手でも握って余韻を楽しむとよかろう。



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