『トム・ヤム・クン!』95点(100点満点中)

プロの職人芸に圧倒される、完璧な出来のアクション映画

今週、『トム・ヤム・クン!』があって本当によかったと思う。同日公開だが、同じアクション映画でも『デュエリスト』とはまさに月とすっぽん。アチラでガッカリした人も、これを見れば癒されるはず。もしくは、現在のアクション映画界における最高と最低を、同時に楽しむという、マニアックなやり方もありかもしれない。

主人公は王族に献上する象を育てながら、山で幸せに暮らしている青年。これを『マッハ!!!!!!!!』で全世界を驚愕させた、次世代のアクションスター、トニー・ジャーが演じる。やがて、いよいよ献上する日がやってくるが、手塩にかけて育てた象は、悪者たちの手により騙し取られてしまう。

かくして怒りの追跡劇が始まるというわけだ。監督は『マッハ!!!!!!!!』のプラッチャヤー・ピンゲーオ。前作の儲けをつぎ込んだというだけあって、物凄いアクション映画になっている。やはり今、タイのアクション映画は面白い。

基本的にはアクション重視の物語だが、今回は内容も奥深い。詳しくはぜひ見てもらいたいが、一言でいうと中国批判が強烈で、タイの人々が彼らをどう見ているかが良くわかる。その真偽はともかく、今の日本じゃ絶対にこれは作れないし、その他の国でも同様かもしれない。だからこそ、痛快きわまりないというわけだ。

トニー・ジャーの身体能力の高さについてはいまさら言うまでもないが、アクションをこなす映画俳優の中では、現在間違いなく世界最高だ。こちらを驚愕させる見所は枚挙に暇がないが、その最大のものをあげるなら、類を見ない長まわしの格闘シーンがあげられる。

これは、敵アジトのビルに乗り込んだトニー・ジャーが、数百人はいようかという敵を倒しながら最上階に向かって進んでいく、時間的にかなり長いシーンを、一切の編集もなく、カメラが追いかけるという、恐るべきチャレンジである。

ここで彼は、数え切れないほどの敵をなぎ倒すが、徐々にその筋肉に乳酸がたまり、心拍数がおそらく200近くに上がり、息も上がっていく様子が観客には手にとるようにわかる。うそ偽りなく、演技ではなく、実際に疲労しながら、彼は進んでいくのだ。

ワンカットの長回しだから、そこに登場する何百名のエキストラまで含め、この場面ではただの一人も失敗が許されない。なにしろトニー・ジャーに倒される一名が演技を間違えれば、そこでこの撮影は失敗。すべてのセットを元に戻し、役者は自らの立ち位置に戻り、カメラも戻さねばならない。舞台のセッティングひとつとっても、すぐにやり直せるものではない。

誰がどこに倒れ、どう殴られ、誰を巻き添えにして落下していくか。カメラマンはどう動き、アングルを決めるか。そのすべてを綿密に計算し、何度もリハーサルを重ね、決して誰も怪我させぬよう、成功させる。これぞアクション監督の腕の見せ所であり、職人芸というべきものだ。そして役者もスタッフも、流れのすべてを頭に入れ、撮影に挑む。一歩間違えれば怪我人がでる。なんといってもこの映画のアクションシーンは、決して遊び半分ではできぬ、高度な技の連続なのだから。

そう、これはまさに芸術。スタッフとキャストすべてが、もてる知識と技術を出し尽くし、努力の末に作り上げた情熱の結晶なのである。

『トム・ヤム・クン!』には、まさにタイの誇りが詰まっている。それは、何気なく観てしまうには申し訳ないほどだ。驚きとプロの技が詰まった、そして完璧な、これぞ世界一のアクションムービーである。絶対のオススメだ。



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