『2010年の総括』

はじめに

繊細な心を持つことで知られる私であるが、通販おせちのあまりのしょぼさにショックを受け寝込んでいたため、年末年始の更新が滞ってしまったことをまずはお詫びしたい。

あの事件以来、伊達直人から励ましのお年玉が来ないか毎朝玄関を確認する日々ではあるが、とりあえず本日から2011年版・超映画批評を始動したい。

なお通常の批評の更新は1月第4週目の作品からとさせていただきたい。それ以前の作品、たとえば話題の「ソーシャル・ネットワーク」の批評はネット上なら激映画批評、雑誌なら男の隠れ家 2011年 02月号で読める。興味のある方はぜひ手に取っていただきたい。なお男の通販CLUB Emo-bのコラム欄では、当サイトに書かなかった作品紹介をする事もある。

そんなわけで、新年最初は昨年度の総括から入りたい。例年通り、お暇な方だけお付き合いいただきたい。

好調だった紅白視聴率

【特典生写真付き】桜の木になろう(初回限定盤Type-A)(DVD付)
▲アイドルの正統を外した振り付けが人気。

トイレの神様(DVD付)
▲10分間ワクワクして祖母の死を待つ。

昨年末放映された紅白歌合戦の視聴率が好調だったという。年間売上ランキング同様、でずっぱり独占状態だったAKB48のかわいらしさにみな辟易、いや微笑ましい思いで見ていたというわけだ。

私などは案の定、終わらない雑務を放り出し、アヒージョと白ワインという正月らしさゼロの食卓で現実逃避していたわけだが、やはり目についたのは2010年を代表するヒット曲の数々である。

中でもトイレがどうのこうのいう歌は、最近よく耳にするなと感じていた。女性歌手が歌い始めた途端、日本全国のお茶の間で、テレビ画面を見ながら皆がおばあちゃんが死ぬのを今か今かと期待して待っている気持ちの悪いヒット曲だ。

もっとも今回の紅白では、いつもより早くおばあちゃんがあの世に行った気がしたので事情通に聞いてみると、間奏を多少カットしていたという話であった。ドラマ化までされたなんて話を聞くと、ひねくれ者の私はそんな詞なんぞ日記にでも書いておけと思うのだが、聞き終わるとあら不思議。なんだか目の前が濡れたように霞んで見ずらい。いったいこれはどうしたものだろう。


好調の陰で苦しい日本映画

借りぐらしのアリエッティ サウンドトラック
▲借りても返さないジャイアニズムを描いたヒット作。

踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ! スタンダード・エディション [Blu-ray]
▲引っ越しおばさん以来の引っ越しエンタテイメント。

こうしたトイレ歌の大ヒット、およびAKB48と嵐によるランキング独占のニュースをみると、日本人の好みが細分化してメガヒットが出にくくなった昨今の市場動向に変化の兆しが現れたかのように思える。

じっさい2010年日本映画の興行ランキングをみると、「借りぐらしのアリエッティ」(92.5億円)を筆頭に気持ちがいいほどの東宝ひとり勝ち状態。上位10作品中、なんと9作品を独占。残るひとつは2009年末からの棚ボタ式大ヒット作「ONE PIECE FILM ワンピースフィルム STRONG WORLD 」(東映)であるから、事実上、いまの東宝ブランドは映画界の嵐&AKB状態といっていい。

だが、そんな東宝を含め、業界にかかわる企画者たちはおそらく年々苦しさを増している状況に違いない。

「踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!」が期待値100億円をはるかに下回る73億円程度しか稼げなかった事でもわかるとおり、もう大ヒット作の続編でも、あるいは人気テレビドラマの映画化であっても安泰ではない。まして今年、アナログ放送が終了して地デジに完全移行すれば、それを契機にテレビというメディアの視聴自体をやめる人々も増えるだろう。テレビのコンテンツとタッグを組んでのヒットの方程式は明らかに縮小傾向。いったい今後映画界はなにをもってお客さんを集めてくればいいのか。明確に答えを出せるプロデューサーはいないはずだ。


「相棒-劇場版II-」ヒットの裏に見える危機感

相棒−劇場版U−オフィシャルガイドブック (NIKKO MOOK)
▲ここまで仕掛けないと、人気ドラマの映画版とて苦しい時代。

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」ORIGINAL SOUNDTRACK
▲美男美女のドタバタ旅行記

こうした企画者たちの苦しみがみえるような代表例が2010年12月23日に公開された「相棒-劇場版II- 警視庁占拠!特命係の一番長い夜」。このシリーズの映画版は、よくあるテレビドラマの映画化とは少々異なり、綿密な戦略性により成り立っている。

たとえば映画版1作目「相棒-劇場版- 絶体絶命!42.195km 東京ビッグシティマラソン」(08年)は、ドラマファンの好みを無視するかのような派手な娯楽作品であったが、あれはマンネリ化した"テレビドラマ版"の側に、万人向けの映画によって新規ファンを取り込み、コンテンツ全体の延命を図る目的で作られたものだ。テレビドラマの人気を映画の興業に利用する発想はよくあるが、その逆は珍しい。結果、数か月後に始まったシーズン7の視聴率は大幅にアップし、今に至る。

その後もシリーズキャラクターの入れ替え、スピンオフ映画の公開と絶え間なく手を打ち、いよいよ今回の映画版2作目が公開されたわけだが、その内容はファンが求めていた「相棒」らしい王道の刑事ドラマであった。

そしてここでも、シーズン9の放映中に公開するという大胆な仕掛けを打ってきた。映画を見た人ならわかると思うが、ラストにはファン衝撃の展開が待っており、テレビ版の進展と合わせて一気に盛り上がる仕組みである。

話題作りとしては効果てきめんだが、09年の総括で「のだめカンタービレ 最終楽章」に対して私が行った批判「最終回は1800円払って映画館でどうぞ」的なえげつない商売でファンを減らすこともない。末永くコンテンツを育てていくという視点からすれば、これは見事なアイデアである。

最終的な興行成績はまだわからないが、少なくとも公開週はヤマトもハリポタも退け期待通り1位になったわけで、仕掛け人たちはほっとしている事だろう。

こうした彼らの試みを、「ドラマと映画を同時に撮れば、役者のスケジュール確保などコスト面でお得」などと斜め上から見てせせら笑う人もいるだろう。だが私は、あの「相棒」にしてここまでやらねばダメだと考えている作り手の危機感をこそ強く感じるのである。

2011年以降は人気ドラマの映画化といえど、出演者たちがテレビでごり押しに宣伝すればヒットするような「ボロい時代」ではない。テレビメディアがパワーを失ってゆくこれからの日本映画の状況は、より厳しくなるのであり、さらなる企画力を問われることになるだろう。


日本市場における真のキラーコンテンツ

ファストファッション戦争
▲激やせ長身でないと似合わない特殊服。

池上彰の学べるニュース2
▲映画界の救世主となるか。

とはいえ、先ほどトイレの歌の項でふれたように、日本国民が怒涛のように押し寄せるネタというものは確固として存在する。たとえば毎年発表される10大ニュースのような時事ネタなど、その最たるものだ。

キムタクや織田裕二や王様のブランチに興味がない人でも、日々のニュースは見る。テレビを見ない人でも、あるいは見る人でも、尖閣諸島で中国漁船がガチンコK-1試合を仕掛けてくれば面白がって知りたがる。

テレビや新聞が衰退しようが、ネットが衰退しようがこれはまったく関係ない。おせちに6Pチーズが入っていれば誰もが笑うし、毎月2万円の子ども手当を配るために毎月2万円増税しますと言われれば怒るのである。池上彰があれほどブレイクしたのだから、最大のキラーコンテンツがニュースであると、もはや誰もが気付いてしかるべきだ。

問題はそれを映画界がどう利用するかだが、その前にまずは企画から公開まで数年がかりが普通という現状を、多少なりともスピードアップしなくてはなるまい。

たとえばいまアパレル業界では、ZARA(ザラ)の姉妹ブランドであるBershka(ベルシュカ)が今春上陸予定ということで注目されているが、映画界もZARAのようにならねばなるまい。ザラは、商品企画から店頭に並ぶまでの速度が異様に早い事で知られ、流行のデザインをどこよりも先に提供する事で成長してきたファストファッションのブランドだ。

低コストかつ高速度で、社会風刺にもなっているエンターテイメントな脚本を仕上げる能力。それがこれからの日本映画を救うだろう。それを個人技でやるか、チームでやるか。

とりあえず東宝に対しては、一刻も早く池上彰を脚本チームに引き入れ、池上印の社会派娯楽映画を量産するよう、ここで提言しておく。

未読者お断りのちんけな漫画原作映画なんぞに、いつまでも頼っているようでは小さい小さい。各社とも、1億数千万の全国民が興味を持つ、あらすじを聞いただけで見てみたくなるような、もっとスケールのデカい企画をぶち上げてみたらいい。


前置きが長くなってしまったので、具体的な総括は次回に続く




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