『クロール ―凶暴領域―』80点(100点満点中)
監督:アレクサンドル・アジャ 出演:カヤ・スコデラーリオ バリー・ペッパー
≪娘のいる父親を泣かせるパニック映画≫
2019年の日本列島は、台風による風水害に悩まされている。いまだ被災地に残された爪痕は癒えることなく、次の台風の到来に恐怖を抱く日々が続いている。
よりにもよってそんなときに公開タイミングが重なった『クロール ―凶暴領域―』は気の毒だったというほかないが、作品がよくできているだけにこのまま埋もれさせるのは惜しい。
競泳に打ち込む女子大生ヘイリー(カヤ・スコデラーリオ)は、巨大ハリケーンが迫るある日、父(バリー・ペッパー)と連絡が取れなくなる。父の様子を見るため、ある出来事から疎遠になっていた実家に戻ったヘイリーは、地下で大けがをして身動きが取れない父親を見つける。さっそく救出しようとするが、そこには恐ろしい巨大ワニがうろついているのだった。
この映画は世界中で公開され、ワニが生息する地域、国ではかなりの好評と大ヒットを記録しているらしい。マレーシアやインドネシア、オーストラリアといった国々だ。
その点日本は、なかなか日常生活においてワニが話題になることはない。上記の国々には、野良犬のようにワニがうろついているのかもしれないが、わが国でワニといえば金持のおばはんが持つ財布の素材とか、そんな状況である。
しかし、本作がそうした国でヒットした原因ならば私にもわかる。この映画は、よくある野生動物コワイコワイものではあるが、たんなる見世物小屋的興味にとどまらない。
むしろ、師弟的父娘関係を描いた普遍的な物語としてよくできていて、さらにそのドラマとアクションの見せ場が見事にシンクロした、出来のいいパニック映画になっているのである。
となれば、ワニ=財布扱いのわが国であっても、史上最大級の台風が連続するいま、同じ設定(最大級のハリケーン到来中)のこの映画を見ることは、先ほどの国の人々と同じような臨場感を共有できる可能性が高い。
基本的には父親がけがを負っているため、だいたい命がけのチャレンジをするのはスポーツ選手の娘という展開。彼女の競泳(クロール)のスキルが人間チームの生命線となる、心震える展開である。
たとえばどう考えてもワニが待ち構えている冠水道路を「お前が泳げ、お前ならやれる」などと娘っ子に強要する展開が続く。マッチョなおやじさんが口だけ出して、か細い美少女がこき使われるという、だれがどう見ても「お前が先に行けよ」状態がなかなか新鮮である。
そんな風に、思わず突っ込みたくはなるものの、結局そういう展開にしてあるのは、この父娘が「過去に一度は失敗した師弟関係」だからであろう。
それを克服してこそ、この二人は再び強い絆と愛を取り戻せるということで、あえてこういう、娘さんばっかり大災難なパターンを採用しているわけである。
もっとも、JD虐待に見えぬよう、各恐怖見せ場では、チャレンジするのは娘でもなぜか襲われるのは後ろのオヤジだったりして、うまくバランスをとってある。色々と痛い目にあっているので、観客としてもオヤジを許せてしまうのである。このあたりに、監督のうまさと計算高さを感じる。
娘がかつて少女時代、潜水を泳ぎ切れず悔しくて練習したエピソードを父親が話す場面がある。そのとき彼が、ヘイリーのことをどう思ったか語るセリフには思わずぐっとくるものがあった。この場面を、がんばりやの娘を持つ父親が見たら号泣確実であろう。
必死にワニの追撃をかわしながら、二人の過去が徐々に明らかになり、感情移入レベルが最高潮に達したとき、いよいよ最大の見せ場がやってくる。実に盛り上がる。積み上げた愛で、二人は絶対不可能な危機を乗り越えようとする。ものすごい感動だ。
これは、困難に対峙した父娘の物語であり、ある種の理想的な親子関係のメタファーでもある。
一緒の洗濯機でパンツも洗ってもらえない気の毒なお父さんも、本作の鑑賞を機に娘さんとの関係修復に挑んでほしい。そんな風に思える良作である。
ワニは夜目も聞くし木にも登るし見た目も怖い。サメに代わる、新たなパニック映画の悪役として、ブレイクしてほしい。世界一のサメ映画好きの日本人としても、今年はワニ映画を応援してあげよう。