『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』80点(100点満点中)
監督:松尾スズキ 出演:松尾スズキ 中山美穂

≪エログロおバカコメディーの佳作≫

日本人はコメディーが好きだし、いまは現実が笑えないニュースであふれているから、もっと笑える映画があっていいと思うのだが意外と少ない。喜劇を作れるスキルを持った人が減ったのか、そうした企画が通りにくいのかはわからないが、『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』は久しぶりにそんな風潮を吹き飛ばす、抱腹絶倒な傑作コメディーであった。

惚れ込んで一緒になった元女優の妻・綾子(中山美穂)の浮気をSNS投稿で知ってしまった売れっ子脚本家の海馬五郎(松尾スズキ)。頭にきて離婚しようとするが、財産分与で資産を失うなどと友人に吹き込まれ思いとどまる。その代わりに彼は、「だったら資産を減らしてやる」と、預金1000万円を全部使って、妻の投稿についたイイネと同じ数の108人と浮気することを誓うのだった。

劇団「大人計画」を主宰する松尾スズキが監督、脚本、そして主演を務めているが、本当に彼は笑いの才能があるなあと改めて感心させられる。今回は主演だから喜劇役者としての実力も大いに見せてくれる。海馬五郎とは彼の持ちキャラでもあるが、とくに事前の知識などは必要ない。本作だけ見て楽しめる。

なにしろシンプルな設定がいい。

大金を使って無茶なことをする、好き放題に遊ぶというのは、考えてみれば昔から映画人がやってきたことでもある。だいたい映画作りなんてものは、ばかげた無駄遣いであり、また多少はそうあってもいい。私が普段から映画作りは「勝算のある狂気」であるべき、と言っているのは、そうした意味も込められている。

だが最近では、デフレ緊縮思想が映画人にまでしみついていて、それが邦画をつまらなくしている。20年間以上もそういう世の中を政治家が作り上げてきたのだから無理もない。とくに今の若者は、それが当たり前だと思い込んでいる。だが、そんな感覚の持ち主には、こうした突き抜けたコメディー映画は作れまい。

むしろ今はYouTuberの中にこそ、そうした本来の映画人の狂気が見て取れる時代である。お祭りのくじ引き屋台にいって札束を見せ、全部のくじを引いて当たりがないことを証明しようとするとか、まったくもって狂気としか言いようのない企画が素人の動画にはあふれているが、そういうものを人々は面白がる、見たがるのだ。

ほかにもツイッターで大金をばらまくなんとか王子とか、女優とラブラブ宇宙旅行を計画する洋服屋とか、庶民は馬鹿な金持ち、いや金持ちがバカをやるのを見るのが昔から大好きなのである。

この映画は、すっかりネット動画にお株を奪われたその「映画の面白さの原点」を、コメディー作品の中に再現して楽しませてくれる。さすがはコメディーの何たるかをよく知る才人の作品である。

それにしても感心させられるのは、功成り名を遂げた松尾スズキほどの立場になっても、これほどドタバタかつ恥ずかしすぎるお笑いに、全身全霊で取り組むその姿勢である。

本作で彼は、全裸で男とも女とも絡みまくり、格好の悪い演技や役柄を突き詰めて演じている。名を上げるためならなんでもやるような新人でも、ここまでぶっちゃけた事をできる役者は多くないだろう。

本作は裸でまくりのR18+作品なので、何しろ遠慮がない。ギャグも、見た目も、過激で自粛ムードなしの潔いお下劣さを存分に味わえる。これくらいやらねばユーチューバーには勝てない、そんな危機感すら感じさせるほどだ。結果はまさに横綱相撲で、コメディーのプロ、本物の凄味を見せつけた形である。

仕事でも家庭でも勝ち組に属すると思っていたはずの男が、勝手な妄想で突っ走り、やがてNTRに目覚めていく様子は、荒唐無稽にみえてそのじつリアルな物語だ。

中高生のように、壁ドンで満足できているうちはいいが、人間、異性関係が豊富になってくるとかならずネトラレの扉をたたいてみたくなる。恋愛中級者が必ず通る道と言ってもよい。この映画は、ハチャメチャをやっているようでそうした誰にでも訪れかねない瞬間を、ちょうどいいバランスで見せている点がうまい。

また、暴力描写もなかなか強烈で、エログロとワンセットになりがちな二つの要素を本作も踏襲する。暴力の対象は女性それも美人だったりするから精神的にはかなりキョーレツである。なにしろR18+だから、精神的におこちゃまなひとには向いていない。酸いも甘いも受け入れる度量のある大人だけが楽しめる映画だ。

個人的には編集者役の宍戸美和公が、締切催促の電話をかけてくる、それだけであれほど笑わせてくれる技術に感心した。

メンヘラくさい女を上手に演じる堀田真由との、結局それかよ! と突っ込みたくなる顛末もまた面白い。

こんなにぶっとんだ映画なのに、どこかあるあると思えてしまうのは、共感を高めるスキルにたけた松尾監督のなせる業か。

中のいい大人のカップルとか、セックスレスだけど仲は悪くない夫婦とか、そういう人たちにこの映画はきっといい刺激剤となってくれるだろう。対象は絞られるが、おすすめしたい。



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