『ジェミニマン』80点(100点満点中)
監督:アン・リー 出演:ウィル・スミス メアリー・エリザベス・ウィンステッド
≪新技術と分断テーマの流行で実現できた企画≫
普段あまり映画を見ない人でも、これだけは見ておいたほうがいい! という作品があるものだ。私たち批評家は多くを見るので、そういう作品に出会った時はすぐにわかる。いわゆる映画史に残るエポックメイキング的なものだ。
『ジェミニマン』は、非常に古くからある企画だったが、必要な映像技術が追いつかずに数十年間寝かせられていた。ハリウッドでさえそういう企画はある。そして2019年、満を持してアン・リー監督が映像化に成功したのである。その完成品はまさに映像革命、これは映画文化に興味がある人ならば、絶対に見ておかなくてはならない一本だ。
政府側の狙撃手ヘンリー(ウィル・スミス)は、走る列車内の標的を一撃で射抜く凄腕をもち、並ぶもののない実力者と恐れられていた。だがいまや彼も51歳、衰えを感じ始めたヘンリーは、引退を決意していた。ところがそんなとき、とてつもない実力を持つ刺客が彼を襲う。その男は何者かが極秘で生み出した、23歳のヘンリーのクローンだった。
『ハルク』(2003)でこんにちのアメコミ映画全盛期の流れを切り開き、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)でCGトラに命を吹き込んだアン・リー監督が、ついにいわくつきの『ジェミニマン』を完成させた。それはもう、かつてない映像体験、すさまじい技術の進歩を感じさせる革命的作品である。
未公開の前作『ビリー・リンの永遠の一日』(2016)でも研究していたハイ・フレーム・レート(HFR)にデジタル3Dを組み合わせた本作の映像美は、毎秒24コマのフィルム時代から続く「映画らしい質感」をかなぐりすてた、全く新しい種類のものだ。
本作は毎秒120コマ、4Kの3Dカメラで撮影されており、アメリカにも台湾にも上映できる設備を持った映画館がどこにもないという、時代の先を行き過ぎた仕様になっている。日本では埼玉県のMOVIXさいたま、大阪府の梅田ブルク7、福岡県T・ジョイ博多で、監督の意図に近い上映がされるというから、お近くの方は絶対に見ておいたほうがいいだろう。
このHFR(High Frame Rate)3Dを監督は、「人間の目で見る感覚」を再現するために使ったという。つまり、現実=リアルを映画館に持ってくるために使用した。その結果、24コマではブレブレになって不可能な高速なカメラワークを多用することができ(=それでも何が起きているか認識ができる)、新感覚のアクションシーンが可能となった。
23歳のクローンとバイクチェイスするシーンでは、この技術のメリットがふんだんに生かされ、映画によほど慣れた人間でも声が出るくらい驚くことになるだろう。このバイクバトルは、カンフーならぬ「バイフー」と名づけられたそうだが、そんな安直すぎるネーミングからは予想もできないガチな凄味を味わえる。
ウィル・スミスの若いころにしか見えないクローンキャラクターの作成技術もまたすごい。先日紹介した、「実写に見えるがじつはアニメ」の『ライオン・キング』のそれを、はやくも人間キャラに適用。なんとこの映画の23歳のウィル・スミスは、頭から足先まで「実写に見えるがアニメキャラ」である。コミケにいくと、アニメキャラに見える実在のレイヤーギャルがうようよいるが、その逆なのだからとんでもないことだ。
体全体の動きについては、アニメーターが力を持ちすぎているハリウッドの限界というか、どこかアニメくさい不自然さが残るものの、顔面部分はパフォーマンスキャプチャーでウィルの演技を忠実に再現しているので、まったくもって実写と区別はつかない。
これは凄まじい映像技術で、だれが見てもホントに凄まじいので、全世界の関係各社がフォローするだろうから、急激に普及が進むだろう。いまは「ギャラがウィル・スミスの倍」(by アン・リー)だそうなので大作にしか「彼ら」は出演できないが、そう遠くない将来、そこらのユーチューバーも使う日が必ず来る。18歳の美少女ユーチューバーと思っていたら、演じていたのは48歳の熟女ユーチューバーでした。全男性の夢を壊す技術になりかねないので、早急な法規制または閣議決定が必要であろう。
さて、こうした技術を駆使した見せ場でおすすめなのは、まずは先ほど言ったバイフーのシーン。そしてガトリングガンで攻撃される終盤の逃亡シーンだ。
あとは、オープニングの狙撃シーンも素晴らしい。極端にカメラが寄りまくり、まるで狙撃銃に止まった蚊かハエの視点かとおもえるほど。ウィル・スミスは「高画質すぎてばれちゃうからメイクができないんだ」と泣き言を言っていたが、4Kの高精細をよく生かしている。
このようにアン・リー監督は、新技術を採用するだけでなく、使い方、見せ方が非常にうまい。先述した過去の作品群の中で、本番での試行錯誤を繰り返した成果だ。これらのシーンの没入感を味わうためにも、極力設備のいい劇場で見なくてはもったいない。
映画の内容はいまどきのハリウッドムービーの流行そのもの。ヘンリーを助けてくれる友達が白人だったり、気のいいアジア人だったり女だったりと、多様性というものを賛美する構図をそれとなく強調している。
なにしろジェミニマン=クローンを推進する悪者連中は、いわばその多様性を否定しているわけで、いまどきのハリウッド映画のまさに流行どんぴしゃり。
つまり、この映画もやっぱり「多様性を否定し、分断を進めよう」とする敵と戦う物語になっているわけだ。何十年もお蔵入りとなっていた企画がいま進んだのは、技術の進歩とともに、当サイトが繰り返し強調するこうした時代性があったからに他ならない。