『スペシャルアクターズ』45点(100点満点中)
監督:上田慎一郎 出演:大澤数人 河野宏紀

≪邦画界の悪いところが凝縮されている≫

上田慎一郎監督は、300万円の製作費で31億円を稼ぎ出した『カメラを止めるな!』(18年)の生みの親である。『スペシャルアクターズ』はその次作と喧伝されている(間に「イソップの思うツボ」が公開されたが)が、これが『カメ止め!』を撮った監督の次の映画だとしたら、日本の映画界は厳しく批判されても仕方があるまい。

俳優の仕事だけでは食えずに困窮していた和人(大澤数人)は、弟の宏樹(河野宏紀)から「割のいい仕事をやらないか」と誘われる。じつは宏樹が所属する「スペシャル・アクターズ」なる俳優事務所は、演劇のスキルを生かした何でも屋。今回彼らはカルト集団に買収されそうな旅館を守るため「洗脳された女将を救ってほしい」との依頼を受けていたのだ。さっそく和人と宏樹は信者のふりをして、教団の潜入調査を始めるが……。

主演の大澤数人は現実でも、ここ10年で数回しか役者の仕事が来なかったダメっぷりだそうだ。今回は、上田監督のあて書きによってその個性をうまく引き出されており、これを機に世に出てほしいと思わせる好演である。

彼以外も、オーディションで選ばれた後は監督とともに、映画作りを行ったというだけあって、一丸となった独特のよい雰囲気を感じられる、非常に好感度の高い映画となっている。

なにしろ映画作りに熱意を感じるし、愛情も感じられる。

感じられるが……それは、厳しいようだが学生映画のようなものであり、『カメ止め!』の次の映画がこれでは残念と言わざるを得ない。だが私はこのことについて、上田監督や役者たちの責任というつもりは毛頭ない。後述するが、これほど苦しい状況の中、彼らは本当によく頑張った。

たしかに俳優たちの演技はオーバー気味だし、演出も平坦、ギャグも切れていない。監督の力量不足は明らかである。それでも上田監督には、大きな仕掛けを入れるなど『カメ止め!』を期待してきた人たちに、なんとかできる限りのサービスをしようという必死の心意気が見て取れた。

しかし……である。

この映画を見に来るのは、当たり前だが『カメ止め!』を見た人たちなのである。超えるべきハードルが段違いに高くなっている。すでに目が肥えてしまった客を相手に、こんな超低予算作品で、どうにかできるわけがない。

役者だって『カメ止め!』の後を任されるとなれば、とてつもないプレッシャーだろう。偶然私はプレス試写のとき彼らの挨拶を見ることができたのだが、若くて目が輝いている人もいたものの、みんな気の毒なくらいに緊張しているのが手に取るようにわかった。それでも自分たちの手だけで、必死に不慣れな宣伝活動をしようと頑張っていた。

私は若い彼らの、あの心細い表情を思い出すと、言いようのない怒りがわいてくる。いったいこの国の映画業界には、若い連中を育てようという気持ちがあるのか?

かりにも日本の実写映画監督のほとんどが、一生かかってもお目にかかれないほどの実績をあげたのに、次にこんな企画を用意する理由が私にはさっぱりわからない。

考えても見よ。この超低予算映画が、30億を稼ぎ出し、業界を潤した大貢献者たる監督の次作として本当にふさわしいものか? 業界人たちよ、胸を張ってそう言えるか?

キャストも含め監督以外はすべて無名。これはつまり、「上田の名前だけあれば、今ならそこそこ客が来るだろう、だから低予算で十分だよな」「そうそう、まだ若造だし、経験をつませなきゃいかんよな」ということだ。奇跡を起こした人間の価値が、まったくわかっていない。

無名の俳優を使って節約した分、アクションとか脚本とか映像とか、何かに集中的にリソースを注ぎ込もうというわけでもない。単なる節約、たんなるデフレ、たんなる緊縮、それしか企画者の意志が見えてこないのである。

これは、30億円の大ヒット作の次(=もっとすごい映画)を期待してきたお客さんに対しても、とてつもなく失礼な態度である。そういう事を誰一人、想像もしなかった点に、私は邦画界の救いがたい病巣を見るのである。

いったいなぜ、日本の映画界は上田慎一郎監督の次回作に、せめて『カメ止め!』以上のスケールの企画を用意してやらなかったのか。

低予算で大ヒットを飛ばすことがどれほど難しいことか、わからないわけではないだろう。まして『カメ止め!』クラスともなれば、ゴルフでいえばホールインワンのような奇跡だ。

それを彼らは、上田慎一郎監督に二度連続でやれといったのだ。なんと言い訳しようが、それに等しい残酷な仕打ちをした事を自覚すべきだ。世界のどこの名匠だってできやしない事をやれといったのだ。

上田監督は映画界が「事件」と驚くほどの偉業を前作で成し遂げた。それで大儲けした会社も、人々も多々いるだろう。というより、映画の驚くべき可能性とサクセスストーリーを彼は日本人に見せつけ、希望を与えた。人々に映画の素晴らしさを改めて思い出させた。

つまり、業界全体が間接的に利益を得たはずなのだ。そう認識しなくてはいけない。少なくとも私はそう感じた。彼に会ったことも話したことも無かったが、心の中で感謝と敬意の気持ちを持っていた。

なのになぜ、この業界の偉い人たちは、大事な大事な次作に力を貸してやらなかったのか。宣伝まで一人でやらせ、孤立無援のままに討ち死にさせる気なのか。万が一本作がコケ、「やっぱり前作はまぐれだったんだね、もういいや」と世間が飽きたら、上田監督の求心力は地に落ちてしまう。

これが、映画人のサクセスストーリーのなれの果てか?

繰り返すが、300万円で31億円をたたき出すのは奇跡である。奇跡とは、実力だけではそうそう起こらない。とてつもない幸運によってもたらされた、ある種のファンタジーである。ならば、そのファンタジーを命がけで守るのが、真に実力ある裏方の役目であろう。

客を呼べるスターや、どんでん返しに強い脚本家等々、業界を挙げて一流の実力者を集め、せめて絶対に興行的失敗をしないレベルにまで支えてやれなかったのかと私は思う。

『スペシャルアクターズ』のような映画は、成功者が二作目三作目でやる企画ではない。これは、飛び立ったばかりのひなを、単独でハヤブサの群れに投げ込むようなものだ。死ぬぞ。死んでしまうぞ。

こんなことをやっていては、上田慎一郎監督は『カメ止め!』大ヒットのボーナスタイムを浪費し、神通力もあっさりと失われてしまう。それは、邦画界にとって将来のドル箱を失うのと同じではないのか?

そのような広い視点を持ち、企画を止めるプロデューサーは松竹にはいなかったのだろうか。いくら監督本人が「無名の役者との共同制作」に興味を持ったとしても、だれかが止めねばなるまい。「それはお前、トップ監督になってからやればいい企画だよ」と。

しつこいようだが、ここで製作者に言いたいのは、どんでん返しコメディをやりたかったのなら、その道で最高の経験と実力を持つスタッフとキャストを集め、それを上田監督に指揮させよということだ。監督は臆せずそこで全力を出せばいい。多少の失敗は周りのベテランとカネの力でなんとかする。まずはそういう環境を与えてやるべきだ。

むろん、そうしたスタッフを率いるには今は力不足かもしれないが、立場が人を作るのだ。誰だって最初からうまくはできない。それを支援するのが先輩たちの役割である。

もちろん、その先、生き残れるかどうかは上田監督の才能次第だろう。だが、今は周りの大人たちは彼を本物のスター監督にすべく、全力でサポートするべきだ。

若手もくそもない。ビジネスは結果がすべてである。徒手空拳で31億円をあげた人物に対して、業界はもっと敬意を払え。この企画を見ていると、上田監督に対して映画会社もマスコミもみな上から目線なのが感じられ、極めて不愉快である。普段から上から目線のお前が言うなという気もするが、そう感じるのだから仕方がない。

なお本作は、松竹ブロードキャスティングオリジナルという企画の一環として製作された。プロデューサーが、『カメ止め!』のワールドプレミアを見てその場で上田監督にオファーしたそうだ。

まだ『カメ止め!』がそれほど話題になる前だというから、映画を見る目、才能を見抜く目を持つプロデューサーだったのだろう。

だが、その後『カメ止め!』がケタ違いの社会現象的大ヒットになったのだから、ここは勇気をもってこのプロジェクトはいったん白紙に戻さなくてはならなかった。たとえ映画が作りかけだったとしても、だ。

その代わりに、予算を10倍に増やした作品を、彼に任せてみるべきなのだ。それこそ正月の大作を任せたっていいではないか。それが映画人の心意気、彼らが目指すべき、勝算のある狂気というものだ。

松竹ブロードキャスティングオリジナルとは、「低予算ながら作家主義と俳優発掘を掲げたオリジナル脚本プロジェクト」だそうだが、それは『カメ止め!』でやっただろう! 大成功しただろう! その時点で、もう上田監督の仕事ではない。

こんなことをメジャー会社がやっていては、若い業界関係者もウンザリだろう。「ああこの国では、31億円もの大ヒットを飛ばしても、次にまた学生映画みたいなものを作らされるのか。スターも出ないし宣伝も自前だし予算もこれっぽっちだけど大ヒットシクヨロ! と言われるのか……」というわけだ。こんなんじゃ、誰だって心が折れる。

まったくもって、夢もへったくれもない。いまだけ自分だけの論理だけでビジネスをやっていてはいけない。世間からどう見られているか、未来のためにどう種をまき育てていくか、もう少し日本の映画人は自覚しなくてはだめだ。猛省を促したい。



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