『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』70点(100点満点中)
監督:キム・グエン 出演:ジェシー・アイゼンバーグ アレキサンダー・スカルスガルド

≪起業ドラマと思いきや……≫

アメリカでIT革命なんてものがおきたとき、真っ先に目を付けたのが金融業界。コンピュータと高速回線を使った高頻度取引が主流となり、もはや人間の認識速度を超越したスピードで株式市場は動くようになった。

あまりに不公平なので徐々に規制され今に至るわけだが、『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』はまだそうしたバランスが取れる少し前、システムの穴を利用して巨万の富を得ることができ得た時代に、とんでもない方法でそれを試みた男たちの物語である。

ヴィンセント(ジェシー・アイゼンバーグ)と従兄弟の天才プログラマー、アントン(アレキサンダー・スカルスガルド)は、高頻度取引で他社を出し抜くアイデアを考えだす。それはカンザスのデータセンターとNYの取引所を地下埋設の光ファイバーで直結すること。計算上、1ナノ秒だけ先んじられるため、わずかな価格差を取引ごとに懐に入れられるようになる。その総額、年間5億ドル。1万件の地上げと、ソフトウェア改良に二人は邁進するが、その道のりは平たんではなかった……。

史実をもとにした、エキサイティングなベンチャー企業ドラマである。実際はもうすこし大規模な会社だったらしいが、映画は数名の男たちが大企業を出し抜いて奮闘する設定に変更されているので、よりスリリングに感じられる。

と同時に、明確に「ゴリアテ対ダビデ、強者対弱者」の構図となっている。サルマ・ハエック演じる性格の悪い女社長が、有り余るカネと暴力を使って妨害、利益を横取りしようとしてくる。

これは本作の重要なテーマで、ようするに公平を装ってその実、強者がほとんど勝つようになっているウォール街のインチキな仕組みに石をぶつけてやろうというわけである。だから本作はカナダ・ベルギー資本で作られている。

国立公園だろうが川だろうが山だろうがおかまいなく、1600kmを直線の地下トンネルでつなごうという『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』は、主人公たちがやろうとしていることがとてつもなくダイナミックなので、単純にワクワクできる。

デジタル社会の穴を突こうということだが、やっていることは正反対にアナログそのもの。泥臭い買収のやりかたや、トンネルの掘り方、業者の集め方や契約など、サラリーマンには無縁なアグレッシブでフロンティア精神あふれる仕事風景が新鮮だ。

とくに面白いのが何度か出てくる資金調達の場面で、投資家へ高速早口でプレゼンをまくしたて、その場でぽんと10億円単位のカネが振り込まれる様子は、庶民からするとこういう仕事をやってみたいねえと思わせる魅力的なシークエンスになっている。

こんなダイナミックなシーンは世界有数の凋落国家日本の映画じゃまず成立しない。意気消沈する一瞬でもある。

私がこの映画を評価するのは、この手のアイデアの場合はたいてい「こんなこともやりました、こんなこともおきました」式の苦労話、浪花節の成功美談で終わってしまうのに、本作はそうなっていないことだ。

じつは本作における「1600q直線堀り」はあくまでつかみと題材にすぎないのであって、メインテーマではない。おそらく監督たちが本当に描きたかったのは、いかにこの世の中が不公平であり、それが人間性をゆがめてしまったかという重大な社会問題である。

そのために彼らは、まず主人公たちに思い切り感情移入させ、彼らと価値観と目的を同じくさせる。興ざめするような事をいうウェイトレスや農場主をウゼーと思うように演出している点が、じつに心憎い。

そのうえで、観客もろとも奈落の底に叩き落とす展開を見せる。ここで観客は初めて気づくのである。ダビデ気取りで戦っているつもりだった主人公も俺たちも、実際は……。と。

そんな、ダイナミックな成功ドラマを期待する観客に痛烈な一撃をくらわす工夫が随所にみられる。キム・グエン監督のそうしたまっとうな視点に、安心させられる。しらずゆがめられてしまった自分の価値観の矯正に役立つ、非常に現代的な良作といえる。



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