『トールキン 旅のはじまり』65点(100点満点中)
監督:ドメ・カルコスキ 出演:ニコラス・ホルト リリー・コリンズ

≪親が中学生以上に見せたい一本≫

「指輪物語」や「ホビットの冒険」を書いた原作者J・R・R・トールキンは第一次大戦を体験した世代である。あれほどの作品を生み出したイマジネーションはどこからきたのか。その答えの一部は明らかにこの戦争体験にある。『トールキン 旅のはじまり』は、知られざる名作誕生の舞台裏を、心地よい感動と、切なさとともに描いた伝記映画だ。

英国の田舎で田園風景を好んで育ったトールキン(ニコラス・ホルト)は12歳で親を亡くして以来、母の友人のモーガン神父を後見人として生きていくことになった。彼は、キング・エドワード校で3人の得難い友人と出会い、やがて芸術的才能を開花させてゆく。

のちに親友となるジェフリー・スミスたちとの出会いのシーンが素晴らしい。よくあるトラブルから、本来ならそれっきりになりそうなところ、3人は大人でさえ惚れ惚れするような立派な対応でトールキンに声をかける。このシーンのあまりの心地よさに、それだけでもう一度本作を見たくなるほどだ。

上流家庭の子息が通うこの学校において、孤児のトールキンは奨学金のおかげでなんとか籍を置いている存在。階層社会の英国においては、本来ならばまず交流することはないように思えるが、彼ら3人はトールキンの人間的魅力と才能を認め、やがてかけがえのない理解者となってゆく。

大人たちには逆らえる立場ではない子供たちが、それでも正しいと思うことを主張する神父との対峙シーンもスリリングで見ごたえがある。やるべきことをやれば(つまり責任を果たせば)、そんな大人(=絶対的権力者)に対しても権利を主張できる。こういう経験を子供たちにさせられたらどんなに良いかと考えさせられる。

オックスフォードに入った後、奨学金打ち切りのピンチにトールキンがどう対応するか、ここも印象的なシーンだ。

人生には何度もピンチが訪れるが、そこで頼りになるのは積み上げてきた過去の努力だけ。それをよくわからせてくれる名場面といえる。

大好きな女の子とデートするのも苦労する彼の経済的苦境を、ワグナーのすばらしい音楽が癒す展開も感動的だ。

本作は、こうした実にまっとうで正しい人間たちとその成長ドラマが、英国らしい見事なインテリアのもとで展開する。とくに4人の秘密の会合場所となるティールームの心癒される、隠れ家的な美術はもう眼福としか言いようがない。

字幕で見ると文字数が多くて大変だが、それでも私はこの映画を、まだ将来がある中学生以上の若者に強く勧めたいと感じている。とくに寮で暮らして頑張っているような子供たちには、境遇が似ているからなおさら見せてやりたい。

この映画には、世間の親御さんが子供に伝えたいけれどうまくできない、人生の大切な要素がたくさん詰まっており、それを物語の形でやさしく伝えてくれるようになっている。

しかも実話で、魅力的な主人公がつむぎだした物語を、私たちは今も気軽に読むことができる。この映画で興味を持ったことを、広げていける環境にある。

こうした良質な作品を、トールキンファンの一部にだけ見せておくのはもったいない。

少なくとも指輪物語、映画版だけでもかまわないから、トールキンのかかわった物語を見せてから、ぜひ本作を体験させてあげてほしい。

あのキャラクターは彼がモデルだったのか、あの設定はこれほどまでに悲しい体験から作られたものかと、いくつも衝撃を受けること間違いない。

トールキンの3人の友人たちは、決してトールキンのように歴史に名を遺したわけではなかったが、明らかに彼らがいなければあの名作群は生まれなかった。3人の人生にも、トールキンのそれと同じくらいに価値があったのだ。

『トールキン 旅のはじまり』は、英国好きやトールキンファンのみならず、質の高い成長物語を見たい人にも向いている。ぜひ映画館で見てもらいたい一本といえる。



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