『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』70点(100点満点中)
監督:クエンティン・タランティーノ 出演:レオナルド・ディカプリオ ブラッド・ピット

≪客を選ぶ地雷映画≫

クエンティン・タランティーノ監督の映画を、映画なんて普段あまりみない一般人がすすんで鑑賞することはまずありえないし、またあってはならないと思う。しかし、近年の彼の作品は常に豪華キャストで、とくに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はレオ&ブラッド2大スター初共演ということで、宣伝側も大いにアピールしている。よくわからないのに見にいってしまう人もきっといるはずだ。

本来はタラファンか、中高年の熱烈映画マニア専用作品なので、地雷になる確率が高い作品なのは間違いないところだが、一般人向け映画批評サイトである超映画批評はこうしたギャップを埋めるのを最も得意とするところである。すでに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を見て、いまいち何が良いのかわからない人も是非お読みいただきたい。

かつての人気者で今は落ち目の俳優リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は、付き人兼スタントマン、そして親友でもあるクリフ・ブース(ブラッド・ピット)に愚痴ってばかりの日々を過ごしている。おまけに隣の家には飛ぶ鳥を落とす勢いの人気監督ロマン・ポランスキーとその美しい女優の妻シャロン・テート(マーゴット・ロビー)が越してきて、あまりの格差を見せつける。追い詰められたリックは、やむなくかつてはバカにしていたマカロニウエスタンの仕事を受けることにするのだが……。

妊娠中だったシャロン・テートは69年にカルト集団によって、見るも無残な殺され方をした悲劇の女優である。この映画は、この事件が起きる数日前からの現地の様子を、虚実織り交ぜて描くファンタジードラマである。

シャロン・テートをはじめ、ブルース・リーだのスティーヴ・マックィーンだの、実在の人物が何人も出てくる。もちろんシャロン殺害犯やファミリーと称されたカルト集団も出てくる。

ただし主人公の二人は実在の人物ではないようだ(モデルはいる)。

そして映画はこの二人の悶々とした日常の様子と、生き馬の目を抜くハリウッドで四苦八苦する姿を淡々と、悪く言えばダラダラと描写していく。いくら見ていても、ストーリーが進展する様子はほとんどない。はっきり言って面白くもなんともない。退屈する……というと角が立つので、100歩譲って言い方を変えれば、ものすごく退屈する。

頑張って最後まで見たところで、だから何、それがどうしたのと、たいして盛り上がりもせずに映画館を出る人は少なくあるまい。

いったいクエンティン・タランティーノ監督は、何を考えてこんなものを作ったのか。そして、なぜこんなにもヒョーロンカの先生たちは本作を絶賛するのか。さっぱりわからない。

もし、あなたがそんな風に思ったとしても無理はない。

結論から言えばこの映画は、「今のアメリカはダメになってしまった」と感じている人のために、「ではアメリカはいったいいつ、何を失ったのか」を具現化して見せた作品なのである。

だから、「アメリカ社会&文化が不可逆的に悪化したと認識している40代以上の中高年」で、かつ「変わる前の古き良き文化を知り愛している人」でないと、この映画の良さがまったくわからないのである。

クエンティン・タランティーノはその変化の境目をシャロン・テート殺害事件にあると考えているようだ。6歳で事件に遭遇したトラウマもあるだろうし、成長したのち、この事件前に作られた映画の魅力にどっぷりはまった彼の経歴を考えれば、それをすべてぶち壊したカルト教団の所業に、タランティーノ氏が怒りと悲しみを感じ続けていたのもよくわかる。

そして彼は持ち前の暴力演出と残酷描写で、自分がもっとも愛したものをぶち壊した奴らを、この映画の中で破壊したのである。彼は本作である意味、やりたいことをやりきった。次回作で監督の引退を表明している。

世間のヒョーロンカ先生もたいていはオッサンだし、映画好きなので彼の気持ちが痛いほどわかる。タランティーノファンもまた同様。強く共感できる、だからこそ、これほどに本作を絶賛しているのである。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、奇跡的な感じはまるで受けないのに、奇跡のような幸福感がある。

それは、本作がタランティーノの個人的なトラウマを打ち消すために作られ、それを無意識的に出演者たちも(一部の)観客も共有し、見事な完成度で目的達成しているからに他ならない。

タランティーノ監督が古い映画が好きということくらいは私も含めて誰もが知っている。しかし、これほどまでに彼が、それら(とそれと生み出したアメリカという存在)に強い思いを持っていたとは思わなかった。

なんという愛、なんというセンチメンタル。

私は彼とは世代が違うし、国も違うからその思いは共有しきれないと思うが、それでもこの映画に込めた彼のパーソナルな感情には敬意を表する。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、決してわかりやすくも、万人向けでもないが、その製作にこめられた監督の想いまでふくめると、やはり傑作というほかはない。ここまで思いを込めた映画作品というのは貴重であり、それを理解できそうだと思う人であれば、ぜひ見に行ってほしいと思う。



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