『イソップの思うツボ』70点(100点満点中)
監督:上田慎一郎 出演:石川瑠華 井桁弘恵
≪『カメ止め!』に新たな要素を加えた≫
『カメラを止めるな!』は製作費300万円程度の低予算無名作品なのに興収31億円を稼ぎ出し、ジャパニーズドリームと言われた。チープなホラーかと思いきや、驚きのどんでん返しが仕掛けられており、この手の演出に慣れていない人を中心に話題となった。あの作品で、映画ジャンルの奥深さを知った若い観客も多かっただろう。『イソップの思うツボ』は、その上田慎一郎監督の真価が問われる最新作である。
引っ込み思案な女子大生、亀田美羽(石川瑠華)は、キャンパスではいつも一人。対照的に、タレント家族の娘として大人気の兎草早織(井桁弘恵)の周りには、イケてる男女が集まっていた。そんな二人は新任のイケメン教師に一目ぼれ。華やかで美しい早織はあっさり彼とのデートを取り付けるが、そんな二人を遠目に見つめる美羽は、こっそり向けたスマホで動画を記録する事しかできないのだった。
『カメラを止めるな!』はインディーズの悲しさで、原案者との権利関係をしっかり処理しておらず、のちにトラブルとなった。
こうしたこともあり、この次回作はいったいどういう方面でやってくるのか注目していたが、上田監督は迷わず『カメ止め!』と同じ路線を打ち出してきた。すなわち、「どんでん返し系エンタメ」である。『カメ止め!』の中泉裕矢、浅沼直也両スタッフを共同監督に迎え、劇中の3家族をそれぞれが担当する珍しいやり方で撮影した。
おそらく上田監督は、自分のやりたいことに観客を巻き込むよりも、周囲の期待に自分が応えたい、そんな気質の監督なのだろう。『カメ止め!』を楽しんだ人に、同じような映画を提供してまた喜んでもらう、そうしたコンセプトを感じる新作である。
そんなわけで後半の展開は映画会社から厳しい箝口令が敷かれており、我々批評家も一切語ることはできない。だが、ネタバレなしで映画の魅力を伝える批評エンターティナーの私に対して、そのような素人くさい「お願い」など不要。いちいち言われるまでもなく何を伝え、何を伏せるかの取捨選択に対する、こちらはプロである。
とはいえ、世の中そこまでいわないと平気で興をそぐ映画紹介をするライターがあふれているのだから已むをえまい。当サイトでも、そうした無神経なネタバレ紹介を何度も批判してきた。
読者諸氏には、新作選びはネタバレに無頓着な他サイトではなく、いつもニコニコ観客至上主義の、当老舗サイト「超映画批評」を第一選択とすることを強く推奨しておきたい。なお、「已」は「い」でなく「や」と読むので間違えないように。
毎度の強引な自薦が終わったところで批評に戻るが、この映画のようなどんでん返しは、要するに背景の人間関係を伏せておくというもので、映画ではよく使われるがミステリ小説では嫌われるパターンである。
というのも、こんなトリックは絶対に読者側は気づけるはずがないのであり、作家が得意げに真相をドーンと出したところで「だからなんなんだよ、そんな裏設定知るわけねーだろバカか」で本ごと投げ捨てられてしまうからである。
ミステリ小説の場合は、真相推理に必要なヒントをすべてさらけ出すフェアネス精神と、それでも騙すテクニックこそが絶賛される。きわめてハイレベルで、作家泣かせの厳しい業界である。だからこの手のどんでん返しは、あったとしても本トリック前の前菜か、ミスリードに使われるのがせいぜいである。
しかし映画の場合は観客も、(私を除く)批評家たちもそこまで厳しくはない。
だからこの手の、隠し設定で驚かすパターンが気軽に使われている。使っている側には、それはトリックとしては低レベルなもので、場合によっては反則技なのだとの認識さえもないだろう。だから私がこうしていちいち指摘している。
上田監督としては、『カメラを止めるな!』を見た人を客層として想定した以上、全員が「騙されないぞ」と身構えているわけで、それでも何とか騙さねばならない。そのプレッシャーがあるから「絶対ばれないものを」と考えての採用だろうと思う。
これなら演出次第でそこそこ驚かせることができるし、フェアじゃねーぞと怒り出すやつもそうはいない。ただし、それでもびっくり度というか、これは大したもんだという感心さというか、そういう点での評価は多少下がる。
『カメ止め!』の場合は、ミステリ小説のように、ヒントはすべてさらけ出していたタイプの良質なトリックだったので、そのレベルを期待する人にとってはなおさらである。
ただ、本作には『カメ止め!』にはない魅力もある。
それは、見ようによってはこの後半部分、様々なメッセージ性をはらんでいるともとれる点である。
それはメディア批判だったり、大衆批判だったり、また別の社会批判だったりする。詳しく言うとネタバレになるので、この段落で書いたことは見終わった後になるほど、と思っていただける程度にとどめるが、この点は『カメ止め!』から成長が見られた部分と言える。
とはいえ、本作はなにか監督側が意図して伝えたい主張がある、そうしたタイプの作品ではないだろう。あくまで観客それぞれが何かを感じ、自分のまわりや世の中の問題と絡めて考える余地がある、そんなソフトな程度である。
たんなるびっくり映画に終わらせず、たっぷりと意外なドラマを楽しんでいただいた上に、こうした奥行きまで加えたこの新作を、私は好意的に受け入れている。上田監督たちのサービス精神、職人に徹したやりかたにも好感が持てる。
一度どんでん返しで売れた人は、その後もそればかり期待されつぶれてしまうことがあるが、果たして彼らは次なる作品でどちらへ進むのか。私は、若き創作意欲が続く限り、この路線を保ちつつ、今回そうしたように新たな要素を加えていくのが良いと私は思うが、さて。