『カーライル ニューヨークが恋したホテル』55点(100点満点中)
監督:マシュー・ミーレー

≪自画自賛ドキュメンタリー≫

マシュー・ミーレーという映画監督は、我々庶民が「知ってはいるが、おいそれと訪れることはできない」そんなところに出かけて行ってズケズケと入り込み、その内部を撮影して回る、そんなドキュメンタリーばかりを作っている男だ。

これまでも『ティファニー ニューヨーク五番街の秘密』で宝石ブランドのティファニーを、『ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート』では老舗デパートのバーグドルフを、その驚くべき取材力で丸裸にしてきた。

『カーライル ニューヨークが恋したホテル』は、そんなマシュー・ミーレーがニューヨークにある1930年創業の高級ホテル「ザ カーライル - ア ローズウッド ホテル」を取材したドキュメンタリーである。

ここは、庶民御用達の民泊サイトからは到底予約できない、各国の著名人に愛される5つ星ホテルで、映画『ハンナとその姉妹』や『セックス・アンド・ザ・シティ』のロケ地としても知られている。

ゴルゴ13に出てくるスイス銀行ではないが、顧客の秘密を絶対に漏らさないということから、歴代のアメリカ大統領や英国王室をはじめとするゲストに隠れ家として愛されてきた。

その割にはスタッフたちが、カメラの前でペラペラと宿泊客の赤裸々なエピソードをバラしているような気もするが、まあ一応そういうことになっている。

本作は、そんなホテルカーライルの魅力に迫る、ファッション映画的なコンセプトの作品と言える。

登場するセレブは、元祖スーパーモデルのナオミ・キャンベルやハリウッドスターのジョージ・クルーニー、ハリソン・フォード、トミー・リー・ジョーンズ、ソフィア・コッポなど。ダイアナ妃の息子まで出てくるあたり、さすがはセレブリティ専用ホテルである。

映画はそうした人物に直撃して、彼らがいかにこのホテルを愛しているか、どこが気に入っているのかなどをお洒落な音楽と映像で矢継ぎ早に見せてくる。

いくらおすすめされてもどうせ泊まれないのでどうでもいい気もするのだが、世界有数の格差社会である米国で、上級国民がどんなメンタリティを持っていて、どのような行動原理で動いているのかを探る役には立つだろう。そんな見方で楽しまざるを得ない点が悲しくもなるが、そうした個人的事情はとりあえず置いておく。

ブッシュ政権で国務長官を務めたコンドリーザ・ライスが、自分がかつて泊まった部屋が1泊なんと2万ドルだと聞いて驚くような場面もある。そんな金額お前にとっては驚くほどじゃないだろうと、あまりの茶番劇くささに苦笑が出る。

マシュー・ミーレーのドキュメンタリー映画というのは徹頭徹尾こんな感じで、取材対象のマイナス点などは絶対に映さない。英語圏の旅行サイトの口コミなんかをみると、壁紙がはがれてたとかホコリがたまってたとか、老朽化とか色々文句が書かれているが、この映画からは一切そんなことは感じられない。

なので私はいつも彼の映画を「自画自賛ドキュメンタリー」と呼ぶのだが、本作もその系譜に連なる。92分間の上映時間は一見短いが、延々と自画自賛が続くのでだんだん飽きてくる。まあ、いつものことである。根気よく付き合ってやるしかない。

それでも心に残ったのは、吃音のある名物コンシェルジュが語る、引退決意の理由である。

時代が変わってしまった、アメリカが変わってしまったと淡々と語る姿は、数十年間この国の上流階級を定点観測し続けてきた男ならではの重く、意義ある言葉である。

いまは大統領となったトランプ氏が20年前に訪れたエピソードと合わせて、そんなアメリカの移り変わりを楽しんでいただけたらと思う。



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