『ボヘミアン・ラプソディ』95点(100点満点中)
監督:ブライアン・シンガー 出演:ラミ・マレック ルーシー・ボーイントン

≪本年度ナンバーワン≫

クイーン最大のヒット曲「ボヘミアン・ラプソディ」を私は、以前から人類の最高到達点の一つと思っていた。そんな題名の映画が公開されるとなれば、いち早く試写室に見に行くほかはないわけだが、多くの批評家は本作が傑作になる可能性は低いだろうと見ていた。

なにしろ監督ブライアン・シンガーが問題を起こして最終盤に降板したというのだからひどい。こういうトラブルは作品にとって致命傷になることが少なくない。

ところがどうだ。この映画は、1年以上休んでいた当サイトを再稼働させる強烈なモチベーションを私に与えるほどの、とてつもない傑作であった。もちろん、2018年の『超映画批評』ナンバーワンである。まあ、更新じたいしていないので1位もクソもないだろという気もするが、ウェブに書いていないだけで例年通り映画は見ているので、数百本分の頂点ということに変わりはない。

70年代のロンドン、ファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は出自やルックスの劣等感から名をフレディ・マーキュリーと変え、ブライアン・メイらのバンドに自分をボーカリストとして売り込む。彼らのバンド"クイーン"は、破竹の勢いでヒット曲を連発するが、フレディは最愛の恋人メアリー(ルーシー・ボーイントン)との暮らしに、どこか違和感を感じはじめているのだった。

フレディが感じた違和感というのは、言うまでもなく自分が女性を愛せないゲイではないかというものである。彼はその後、不幸なことにHIVに感染し、若くして命を落とす。この映画は、そんな悲劇的な運命ながら、精一杯歌い、生きたフレディ・マーキュリーという人間の生きざまを賛歌する人間ドラマである。

音楽映画というのもいくつか作り方があって、楽曲の制作秘話をメインに持ってくるパターンが王道なのだが、本作はそれは却下した。おそらく過去に詳細なドキュメンタリーがいくつかあり、いまさら感があったというのも理由だろう。

代わりにしっかりした役者をそろえ、ドラッグやセックス関連の描写を極力抑え、ファミリー層にもうったえられるような演出でフレディの生きざまを描く本格的なドラマにした。その結果、アメリカではPG指定で収まっている。いうまでもなく日本は安定のG指定。誰でも見ることができる。とはいえ、個人的な見解では11歳以上くらいを推奨する。

私が本作を評価するのは、このコンセプトによる部分が大きい。ライトなファンには十分満足できる、大ヒット曲を集めた制作秘話ものでありながら、根幹にはLGBTものとしての意義深いテーマ性を併せ持つ。しかも両者が互いを邪魔しておらず、万人を楽しませる間口の広さもある。

様々な理由から、欧米ではここ数年、LGBTをテーマにした映画作品が増えている。だが日本では、意識が低い国会議員や御用文芸評論家が、まっとうな人々の気持ちを逆なでする不愉快な駄文を書き散らし、世界中に無知を発信し続け、日本人の評判を棄損し続けている。こんな連中が存在し、発言していること自体が恥としか言いようがないし、そんな輩が表街道を歩けるような状況を許している事も大恥である。フレディは親日家で知られたが、寛容さを失い、ヘイトあふれる今の日本を見たらどう思うだろうか。

こんなことを書くのも『ボヘミアン・ラプソディ』は近年のLGBT映画の中でも、ゲイの人の気持ちをそうでない人に伝えるという点で、突出したものがあるからである。前出した人たちや、彼らを擁護するような人間は、この映画を5億回くらい見ろと言いたい。見ている間、きっと日本は平和になるだろう。

フレディの苦しみ、孤独は、映画の前半からじわじわと積み重なり、重苦しい空気を作ってゆく。だがそのすべてを蹴散らす、とてつもないカタルシスがクライマックスに準備されている。

この1985年のライヴエイドにおけるクイーンのパフォーマンスは、ロック史上最高のアクトといわれるほどのものだが、映画は文句のつけようのない完璧な演出で、それまでの伏線がクイーンのメロディアスな楽曲とともに一気に有機的に構築され、すさまじい感動を呼び起こす。

最後にかかる曲は、歌詞の傲慢さを初出時に批判されるなどした有名曲なのだが、はたしてこの流れで聞くとどうだろう。フレディが、まさに命を削って訴えたかったことそのものが、なんとここに書いてあるではないか。

85年にはまだHIV感染を知っていなかった可能性が高いとか、時系列的に脚色が見えるといった声もあろう。だが、映画とは作り手の訴えたい事を、最も効果的な形で伝える側面も大事である。とくに本作はそれに、題材となったフレディ・マーキュリーの思いというものも尊重し、加えられている。

その意味でこの最終曲のシーンは、間違いなく音楽映画史に残るベストアクトとして語り継がれる、そのくらいのインパクトがあった。

2018年、映画を一本だけ選べと言われたら私はこれを真っ先に選択する。『ボヘミアン・ラプソディ』、音響の良い劇場でどうか至福の時を味わってほしい。



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