『華氏119』20点(100点満点中)
監督製作脚本:マイケル・ムーア
≪批判するならしっかり対立軸を打ち出せ≫
「華氏119」は、左派文化人として有名なマイケル・ムーア監督がかつてブッシュ大統領の再選を阻止するべく公開した「華氏911」に続く、2018年中間選挙でトランプの共和党勝利を阻むために作ったプロパガンダ作品である。
マイケル・ムーアといえば、巨悪に対して軽妙なユーモアで皮肉り、どぎつい突撃取材で名を挙げたドキュメンタリー作家。大衆の溜飲を下げるにふさわしい切れ味の取材と批判精神、そして時には現実を変えるほどの影響力を持つ、労働者のヒーロー的存在である。
そのムーア監督が、中間選挙の前にこのタイトルで作る映画なのだから、相当なトランプ批判と、その後の世界を見せてくれるとだれもが期待する。プロパガンダだから多少の偏りや我田引水は計算のうち、重要なのはどれだけ痛快にトランプ(あるいは現代アメリカの問題)をこきおろし、別の未来を見せてくれるかだ。
その意味で本作を見た後の私の第一印象は「こりゃだめだ」であった。
いいかマイケル・ムーアよ、トランプ大統領を負けさせたいのであれば、彼が語るストーリーの欺瞞を暴き、ひとつひとつ論破していかなくてはいけない。それでなければ彼の消極的支持者を引きはがすことはできない。
アメリカという国はタテマエを言わないと生活に支障が出るどころか身の安全も危うい国なので、みな表立ってはトランプ支持なんて顔はしていない。過激発言とレイシズムを丸出しにするトランプを堂々と応援する事は格好悪いことであり、控えめに言って馬鹿だと思われる。だから一定以上の教養人やセレブ、文化人は揃ってトランプ批判をしている。
それでも彼が選挙で勝てるのは、トランプが「アメリカファースト」つまりアメリカ人の職や利益を奪っている中国や不法移民などから「うばわれたもの」を取り戻すと言っているからである。ラストベルトの労働者たちが期待しているのもその一点だ。
そして実態はともかく、トランプは道化を演じて中国と喧嘩し、米中貿易戦争などといって関税や制裁を科し、強硬姿勢でもって同盟国の日本などに対しても強硬なディールを続けている。
これはアメリカの大衆からすれば、「大統領は本気で俺たちを儲けさせようとしてくれている」ように見えるだろう。
この「トランプストーリー」を一つ一つ崩していかなくてはいけなかったのに、この映画は全然だめだ。
ムーアは「民主党のほうが得票数が多かったのにトランプが大統領になった」などと恨めしく言い続ける。そりゃそうなのだが、今それを言っても仕方があるまい。大事な事ではあるが、中間選挙の前に言ったって制度の改正に間に合うわけでもなく、負け惜しみにしか聞こえない。
ムーアは"トランプ友"の実業家知事が、フリントの水道管に安い鉛管を使ったせいで公害を巻き起こした事件にも時間を割いている。この映画のひとつのメインとなる取材レポで、これはこれで面白いが、はたしてそれにトランプ一味がどう関わっているのかが伝わってこない。
ムーアはその点、「トランプ批判だけの映画じゃない、アメリカの問題点を描いたんだ」などと言っているようだが、そんなものはトランプ批判で映画をまとめきれなかった言い訳にすぎない。中間選挙前に、わざわざこの題名で公開しておいて何を言っているのかと思う。
映画はこの悪辣な水道管政策に、トランプが支持を表明したなどと批判するが、あの大統領のことだ、リップサービスでそれくらい言うだろう。で、それがどうした? そこで終わっちゃ意味がない。弱い。実に弱い。
たとえばこれが、トランプの子会社が鉛管をこいつに卸していたとか、この知事の妻の会社が設計を請け負って2倍の見積もりを出して補助金をガメたとか、そういうネタでもあれば話は別だ。だがそんなことは描かれない。ネタがないならムーアは安倍の映画でも作ったらどうか。シリーズで映画が作れるぞ。
日本では杉田水脈がLGBTを差別したとか、片山さつきが口利きをしたとか、稲田朋美が日報を隠したとか、この映画が何本も吹っ飛ぶようなふざけた事件が続出する異常事態がもう何年も続いているが、この連中はすべて安倍が任命したり連れてきた奴らである。まさに指導者としての資質を問われる話で、批判されて当然だし、責任を取って全員まとめて牢屋に行ってもらうべきであろう。
だがこの知事についてはどうなのか。トランプとどこまで関係しているのか、似た思想、同じ政党、その程度ではないのか。少なくとも映画からはそんないいがかりのような印象を受ける。つまり、追及が弱すぎる。
イヴァンカとの近親相姦疑惑とか、そんなものも実にくだらない。娘の前で「セックスセックス」いったからなんだというのか。元々そういうやつだろうがトランプは。アメリカ人は、そういうゲスな人間だと知って選んだんだから、いまさら何を言ってるんだという話でしかない。
トランプ反撃ののろし、的な扱いでオカシオ・コルテスみたいなのを映画に出しているが、こんなもの反撃の足しにもならない泡沫レベルだろう。泡沫だから当選がニュースになるのだ。そんなネタをいまさら映画に出して、観客の投票行動に1ミリでも影響を与えられると思っているのか。
まったくもってズレズレで、見ていてあきれ果てる。
本来ムーアが語るべきは、自分がさんざん批判してきたウォール街(新自由主義)攻撃を、トランプが実際にやっている(ように見せている)事についてだった。
そのトランプの行動を本物だと思ってる能天気な連中が、この政権を支持しているのだ。いや、支持までいかなくても期待して見守っている。実際トランプは、中国にケンカまで売っている(ように見せている)。オバマやヒラリーをはじめとする民主党のフヌケ政治家はもちろん、並大抵のやつじゃできない事だとみんな感心しているのだ。
そのトランプの態度がインチキだというならば、それを徹底して暴けていない点でムーアの負けだ。
問題の本質に迫れないこの映画は見ていてストレスがたまるばかり。これはトランプをぶちころすための映画じゃなかったのか? 高校の銃撃事件がトランプの責任か? 銃の所持問題だって別にトランプが導入したわけじゃないだろう?
徹頭徹尾ずれている、私はこんな雑なムーアは初めて見た。焦点はぼけ、自己満足なのか独りよがりなのか、一人相撲になっている。それは要するに、トランプがやってる(とされている)政策が、ことごとくムーアが望んでいたものだからだ。ムーアとトランプは同じ方向を見ているのだ。どうするんだムーア。対立軸を見せてみろ。
近親相姦だろうが、女好きだろうが、ロシアに金玉握られていようが、グローバリズムで荒廃した俺たちの生活をとりもどしてくれるなら構わない。トランプが頭のいかれたやつだとわかっちゃいるが、様子を見ようじゃないか──。
これがトランプに投票した奴らの総意なのだ。同じ「ラストベルトの代弁者」のくせに、ムーアも左翼もそれができず、やる道筋も示しきれなかった。だから負けたのだ。少しは反省しろ。
わかりやすさもユーモアもなく、痛快さもない。怒りさえあまり伝わってこない。その代わりにあるのは当惑と迷走感。これでは中間選挙への影響など望むべくもない。
映画の中で、ムーアは汚染水を知事の庭に散水車で運んでいって撒き散らしているが、向かい風のせいでホースから出た水は霧となってムーアが一人で浴びている。この間抜けなシーンがこの映画のすべてを象徴している。