『スマホを落としただけなのに』55点(100点満点中)
監督:中田秀夫 脚本:大石哲也 出演:北川景子 千葉雄大 バカリズム 要潤

≪題材はいいのだが≫

題名を聞いただけでワクワクする、「このミス」で高く評価されたミステリーの実写化。やる前から成功を約束されたような良企画だと思う。思うが……それほどの材料がありながら、このような生ぬるい映画が出来上がる。邦画界のだらしなさを痛感せざるを得ない一本である。

稲葉麻美(北川景子)は、恋人が落したスマートホンを拾った人物とコンタクトを取り、彼氏の代わりに受け取りに行ってやることにした。相手はいい人だったようで、お店に預けておいてくれたようだ。だが、その日から彼女の周りではおかしな事が起こり始める。

スマホの中には他人には見せられない写真や個人情報があふれている。たとえ自分が落さなくても彼氏や友人経由でそれらが流出することもある。中にはあんなメールやこんなメールまで……。まして北川景子のような美人の情報を、ストーカー気質を持つ取得者が目にしたとしたら?

実に面白いアイデア。若い人から中年まで。幅広い層に興味を持たれる良いストーリーだ。ある程度、予想通りのストーリーが進みながらも、ミステリらしいどんでん返しが準備されているのは察しが付く。腕のいい作家が料理すれば、佳作に仕上げるのは簡単だろう。

ところがこの映画の緊迫感の無さときたらどうだ。

恐ろしいシーンでケガをしても、真っ赤な血のりはタレてくることさえもない。真犯人は、いうまでもなく警察に見つかってはいけない立場なのにド目立つ電飾を全開にしてネタバラシをはじめる。

昭和時代のサイコホラーかと思うようなハイテンションだが、アブない奴はそういうキャラにしないといけない決まりでもあるのか? うんざりするほど既視感たっぷりである。その無理のある演技と役作り、つらくはないかと心配になる。ミロでも飲んで落ち着けよと。

北川景子の恐怖演技もひどい。似合わないロリ衣装を着せられていてアホさを助長しているのもあるが、監禁して吊るされてもメイクも崩れず汗もかかず漏らしもしない。ソフトSMグラビアの撮影現場か。

だいたい、スマホに残っていた「恋人が撮影した、ベッド上での事後写真」にしたって、北川はシーツにくるまりカメラ目線でばっちりポーズ。露出度なんぞちろんゼロ。「完璧に作られた」プロ写真である。インスタにでも出す気か。

むろん、東宝がこうしたお気楽極楽ノーテンキ若者向け映画を作るのはいい。大きな商売にもなるだろう。

だがこれだけの素材ならば、もっと本格的で見ごたえのあるサスペンスにできることが、本作を見た皆が知っている。中田監督本人だってそうだろう。

間違いなく、このスタッフキャストが本気を出せばもっとやれる。あんな馬鹿気た恐怖シーンなど、ホラーの巨匠にとっても悔しいだろう。あんな偽物ワインやおもちゃのナイフではなく、本物の恐怖を前に目をひん剥く、これまで誰も見たことのない北川を見せられたはずだろう。ハリウッドレベルのハードな要求をしたかっただろう。

あのきれいな顔をぐちゃぐちゃにして、血まみれにして、糞尿まみれにして充血した目をアップにしたとして、それでも妖艶さをだせる素質だろう、北川景子という女優は。中田秀夫という映画監督にもその腕があるだろう。

そして監督や女優から、そうした才能を引き出せるよう、腕を振るわせるのはプロデューサーの仕事だろう。

この映画にかかわった連中は、なに全員で手加減をしているのだ。お前たちはこの国最大手の、日本メジャーのトップを独走する映画会社だろうが。もっと本気を出したらどうなのか。

とはいえ、霜降りの肉はだれがどう焼いてもうまいのであって、この作品も元がいいからこの程度でもそれなりに楽しくはみられる。

スマホを落とすことによって起きうる恐ろしいこと。それについての、観客の想像力の範疇をどう超えていくかに着目してみていたが、リアリティを犠牲にした安直なやり方には少々失望した。この手の日常恐怖ものは起こりうるかもしれないラインをなでまわすのが良いのであって、犯人にスーパーハッカー的な印象を観客が抱いたら、その時点で負けなのだ。犯人も刑事も被害者も、全員普通の人間なのに常軌を逸した事件が起こるからこそ、観客の背筋は凍るのだ。

それでも、中高生くらいならば十分驚き、怖がることもできるかもしれない。30を超えたらこんな映画を見ている場合ではあるまい。

スマホを落としただけなのに (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
原作。小説向きの題材だと思う。


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