「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」60点(100点満点中)
監督:大根仁 出演:妻夫木聡 水原希子

不相応なイイ女に振り回される、雑誌編集者の悲喜劇

この長いタイトルの異色なラブコメ映画は、渋谷直角の原作漫画をある意味凌駕する出来栄えで、雑誌業界トリビアも満載で非常に面白いのだが、あとちょっと! と言いたくなる部分もまたある、惜しい一本である。

奥田民生を崇拝する35歳の編集者コーロキ・ユウジ(妻夫木聡)は、ライフスタイル誌の編集部に異動する。そこにいた編集者たちの異様なまでのオサレ感、サブカルも含めた知識の幅広さに圧倒される彼だが、それ以上に衝撃を受けたのは提携するファッション誌の編集者天海あかり(水原希子)を見た時だった。モデル顔負けの美貌と綺麗なお尻、センスのいい服。まさに理想的なライフスタイルを謳歌するかに見える彼女に、コーロキは一瞬で魅了されてしまう。

自分には不相応なオンナと、ひょんなことからいい仲になってしまうことが男の人生にはままある。

たまたまオンナが彼氏と別れた直後だったり、一人暮らしを始めたばかりだったり、転職したばかりだったり。女が精神的に弱いときや生活環境に不慣れな時には、ハッタリが簡単に通用し、たやすく落とせてしまうことはよく知られている。5月がナンパ師の稼ぎ時、との格言はそこから来ている。

コーロキも35にして初めてそんな経験をする一人だが、この映画が描くのはその後。いい女をどう落とすかの苦労ではなく、落としたもののどうつなぎとめるかの苦労を面白おかしく見せる、上級者的でリアルな物語である。

これは要するに男と女のパワーバランスの問題で、それが男>女なら男にとってはラブホテルのドアを開けた時がゲーム終了、あとの数時間は消化試合みたいなものでどうでもいい程度の事だ。翌日から彼女からのLINEが既読になる率も相当下がるだろう。

ところが本作のように男<女だとこれは男にとって厄介だ。一度ヤっただけで終わってしまったら、一度もヤれないで振られる以上にダメージは大きい。何度抱いても抱き足りない、手放したくない、そんな女に出会ってしまった男の、これは悲劇でもある。

この映画を楽しめるのは、コーロキのような経験をしたことがある人、これがまず必須である。おしゃれで美人でスタイルもよく床上手な、あかりのような完璧女に翻弄されてオレは成長したと、たとえ思い込みでもそういう経験がある人向けの映画である。

一方女性にとっては、どうすればあかりのようになれるのか、と思いながら見る人も多いだろう。若くても、美人でも、スタイルが良くても、金持ちでも、男とのパワーゲームに負け続ける人はいくらでもいる。そんなありふれたものでは、百戦錬磨な男の気持ちをつなぎとめておくには不十分である。

その意味で、水原希子は"狂わせガール"をうまく演じていたと私は思う。彼女は決して正統派の美人ではないし、身体だって貧相、やせっぽちだ。大根仁監督はじめ、女体学の識者たちはみな本作の彼女のお尻を絶賛しているが、たんにそこしか肉がついていないだけに過ぎない。それなのに"完璧女"を演じているのだから大したものだ。

結局外見以上に、男を誘惑する際のわざとらしさ、バレバレな駆け引き、狭い了見にやたらこだわる頑固さ、しかし男を喜ばせる様々な言い回しや行動などといった緩急豊かなバランス感覚が大事ということだが、その点で彼女は適切な演技を見せた。

大根仁監督はそういう男目線な部分には詳しそうだし、水原は映画では職人俳優に徹するタイプだから、監督がいい演技指導をしたのだろうと私は予想する。

このほか大根監督の良さが出たのは、彼自身の業界経験や「SCOOP!」「バクマン。」といった過去作で出版業界をリサーチしていることによる、多くの出版業界トリビアネタおよびそれを利用したギャグのキレである。そうした知識によって、原作漫画の荒っぽい部分をリアルに寄せてきた点も特筆に値する。

私のように同じ業界にいると、この映画がどこを誇張してどこをリアルに見せているかがだいたいわかるのでなおさら面白いのだが、一般の人もきっと楽しめるだろう。

個人的にはリリー・フランキー演じる自意識過剰なベテランライターの場面は大爆笑させてもらった。一緒に試写を見た雑誌編集者も苦笑していた。似たような実例は、私の知る限りでも無いとは言えないのがこの業界の奥深いところだ。

一方、ラスト近くの新井浩文の運命については、原作を踏襲する必要はなかったように思う。そこまでせっかくリアルに寄せていたのだから、あまり非現実的な部分に踏み込まれるとちょっと引く。

原作との比較で一番評価したいのは、映画ではあかりの内面をあえて描かなかったところだ。原作にはヒロインが心情を吐露する場面があるが、あれは良くなかった。あくまで男目線で、女とはミステリアスなものである、だが魅力的である、といった、ある種の敬意を感じさせて終わるところが、大根仁監督らしい点であり、かつ映画としての完成度も高めている。

バクマン。
同じ監督の出版業界悲喜劇。あ、これも同じか。
奥田民生になりたいボーイに贈るプレイリスト
奥田民生イズムってのは、むしろ今の時代にぴったりかも。


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