「新感染 ファイナル・エクスプレス」75点(100点満点中)
監督:ヨン・サンホ 出演:コン・ユ チョン・ユミ

韓国初の実写ゾンビ映画

韓国では国を上げて映画産業を支援している。その結果、国民も自国の映画作品を好む傾向がある。ハリウッド作品を彷彿とさせる一部のエンタメ映画はときに国民の数人に一人が見た、なんていうとんでもない大ヒットとなることも多い。ところが意外なことに、作品の幅という意味ではまだまだ途上国と言わざるを得ないのが実情だ。

別居中の妻のもとへ幼い娘を送ることになった金融マンのソグ(コン・ユ)。朝早くKTXに乗り込んだ父娘だが、同じ列車には人間をゾンビのように狂暴化するウィルスに侵された女も乗り込んでいた。

不思議なことに韓国では、これまでこの手のゾンビ映画はほぼ皆無であった。とはいえ、アニメ・漫画では人気のジャンルであったので、アニメ監督のヨン・サンホが、この企画を手掛けたのは必然といえる。結果は見事その年のナンバーワンヒットとなったわけだが、大衆の渇望とマッチした良作だったということだろう。

舞台が韓国近代化の象徴たるKTXというのも、ありふれたゾンビジャンルとしては新鮮でいい。区切られた密室である列車内の攻防、というシンプルでわかりやすい構図は、このジャンルに慣れていない韓国の観客への配慮としても妥当。ゾンビたちは暗闇では目がきかないとの独自設定も、トンネルが多い路線でスリルを盛り上げる有効な小道具として機能している。

韓国の、韓国人に寄る韓国らしいゾンビ映画。こういう、自分らしいものを作ろうという考え方は評価したい。ゾンビ映画は世界中で馬鹿みたいな数が作られているので、これまで韓国発がなかったというのはむしろ武器となる。それをこの監督はよくわかっている。

裏話として面白いのは、全面協力というわけではないにしろ実名で最新型の列車内が阿鼻叫喚の地獄絵図になる作品に、運営会社の韓国鉄道公社は文句を言うどころか普通に協力的な態度を示したこと。見たら乗るのが嫌になるような恐ろしい映像や展開の数々、脱線までするトラウマ級の列車ぶち壊しぶり。完成したこの映画を見て韓国鉄道公社の偉い人がなんというか、ぜひ見てみたい。

そんなわけでこの映画を見ると、韓国社会全体がまだこの手の映画製作に慣れていおらず、それが意図せず有効に機能したのではないかという気がはする。来日時に直接話した印象では、おそらくヨン・サンホ監督自身もまだその僥倖に気づいていない。

日本では少なくともJRを舞台にこんな映画は作れまい。韓国でも、似たような映画があと何本か作られたら、さすがにおいそれと最新車両や駅を撮影場所に提供することはなくなるのではないか。まさに今が旬だ。

登場人物はみなキャラが立っており、かといってゾンビ映画あるあるパターンを必ずしも踏襲しないので、最後まで誰が生き残るかの緊迫感は維持されている。

この監督は社会の底辺に活きる人たちに特別な思い入れがある人なので、前日譚のアニメ映画「ソウル・ステーション/パンデミック」(17年9月30日公開)同様、ホームレスのキャラクターがなかなか感動的な活躍を見せたりする。対象的に主人公はいけすかない証券マンで、大成功した人物ながら家庭人としては問題を抱える不十分な人間として描かれる。

こうした社会階層を象徴する記号としての存在と合わせて、父と娘という普遍的なテーマも重ね合わせてある。具体的にはこの映画の中には、父になろうとしているもの、父親、息子、この3者が重要人物として登場する。育児の経験者が必ずしも人格者として描かれていないのがユニークなところだ。

お偉方だった男が疫病神のように足を引っ張りまくる展開があるかと思えば、弱者が弱者を助ける印象的な場面もある。

思わせぶりな社会派の香りを漂わせつつも、エンタメとしての見せ場をこれでもかと詰め込んである。なくなったゾンビ映画の祖ジョージ・A・ロメロ監督作品のような、王道でありながらもローカルな韓国らしさをふんだんに漂わせる。ゾンビ映画の新作としては、非常に良くできた部類に入るだろう。



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