「スイス・アーミー・マン」60点(100点満点中)
監督:ダニエル・シュナイナート 出演:ポール・ダノ ダニエル・ラドクリフ

多機能死体が出てくる奇妙な映画

スイス・アーミー・ナイフとはヴィクトリノックスや、昔はウェンガーなんてブランドもあったいわゆる十徳ナイフのことである。日本でもおなじみだからこういう邦題なんだろうと思っていたが、よくみたら原題も同じであった。

気づくと無人島で遭難していたハンク(ポール・ダノ)は、もはやこれまでと命を絶とうとする。ところがそのとき海岸に男性(ダニエル・ラドクリフ)が流れ着いてくる。残念ながらそれは死体だったが、信じがたいことにその「死体」にはとんでもない機能が備わっており、ハンクの脱出に一役買うのだった。

なるほどダニエル・ラドクリフ演じる「十徳死体」は、スウェーデンやアメリカ人にとってもヴィクトリノックスを想像させるものなのか。

というか、それ以前になんなのだ「十徳死体」とは。無人島で弱り切った男のもとに流れ着いた死体には、実は多くの機能が備わっていて、男のサバイバルにおお役立ち! ──なんて気の違ったストーリーをよくぞ考えたものだと、まずはあきれ、いや驚愕する。

いったいこのばかげた映画は、どこに着地するつもりなのだろう。これまでどんなに映画を見てきた人でも、予想のつかない物語を楽しめるのは確かである。あんな機能があったりあんなのと闘ったり……。いったいどんな展開になるかは、ここに書けば読者の興味を引き付けることは確実。だが日本一親切で読者思いの超映画批評では、そういう安直な紹介文を書くことはないので安心してよい。あらゆるライターがお手本とするプレスシートすら毎回無視。すべて手づくり。だからよそとはまったく違う。それが当サイトのポリシーである。

さて、死体に機能がついているというのは、常識では考えられないことの最たるものである。そういうものを、主人公はすんなり受け入れる。なにしろ生命の危機で困っているのだから当然だ。役立つものは理由など考えずに役立てる。

だが、そこまで追い詰められていないときだったらどうだろうか。こういうばかげた死体が表れて、それを受け入れられるだろうか。

常識や世間体、そういった文明社会の当り前を考え直すきっかけとなる不思議な映画。独創性は満点だ。

ただし残念な点もあって、それはかなり早い段階でこちらが考える「最後の一線」を超えてしまうことである。十徳機能は許せても、死体と○○○できるというのは許せない。それが人間というものである。

生と死を分けるものは、つまるところその両者の生きる世界?が完全に断絶しているという一点につきる。そこを超えちゃうのは、もうすこしこちらの心の準備ができてからにしてもらいたい。

ダニエル・ラドクリフの死体演技は実にうまい。顔色の悪い死体なのにどこかチャーミングに見えてしまうのだから面白い。

こういう映画を面白いと思えるタイプの人にしか向いてはいないが、今年一番の「へんてこな映画」ということで、もしあなたが映画好きなら検討してもよいのではないだろうか。ただ間違っても子供とか、フツーの女の子なんかを連れて行くのはやめておこう。



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