「メアリと魔女の花」40点(100点満点中)
監督:米林宏昌 声の出演:杉咲花 神木隆之介

ジブリを意識させすぎるのは良くない

米林宏昌監督の最新作「メアリと魔女の花」は、宣伝も作品自体もジブリアニメの後継者をことさら意識させているが、それが裏目に出ているように思えてならない。

どこか不器用な少女メアリ(声:杉咲花)は、7年に1度しか咲かない花“夜間飛行”を森で見つける。この花にはどうやら不思議な因縁と魔力があるらしく、メアリは一夜限りの魔法力を身に着け魔法大学"エンドア"に入学するのだが……。

オープニングの、満島ひかりが声を演じる謎の魔女が何者かから逃げるアクションはとても目を引く。ところが彼女がほうきにのって飛び上がったあと、その飛行シーンのあまりの凡庸さにがっかりさせられる。

いうまでもなく飛行シーンはジブリアニメの、いや宮崎アニメの華である。まして"魔女の飛行シーン"を最初に持ってくるというのは、これは相当挑発的な先達への挑戦とうつる。

ところが、これほど絵柄もキャラデザインもジブリアニメっぽいアニメ映画で、似たようなアクションをやられてしまうと、その圧倒的な差が悲しいまでに際立ってしまう。

ただこれはあくまで過去の宮崎アニメを知る人限定の感情なので、そうでない小さな子どもたちには関係ない。ただこの映画自体、ジブリコピーをコンセプトとしているふしがあり、こうした批判はやむを得ないだろう。コピーはオリジナルよりは下がる。この映画の問題点はまさにそこにあり、それを象徴するような幕開けである。

また、過去のジブリアニメの成功作と比べると、ヒロイン像がぼんやりしていて中途半端。あらゆる人の共感を得ようと欲張ったか、確固たるビジョンにかけていたか。いずれにしてもよろしくない。

物語は、大叔母のもとで女だけの暮らしをしている少女が、対象的に擬似的な大家族を構成する魔法大学側の価値観と対決する構図。

悪役となる大魔女らは、子どもたちというべき教え子に過剰というべき教育を詰め込んでいる。これは中学受験で年齢不相応な詰め込みと競争を余儀なくされる都会の子どもたちとその親を彷彿とさせるが、何を投影してみるかはもちろん観客に委ねられる。

こうした価値観に、父性不足の少女が何をもって対峙するのか。

この物語は、残念ながらその点において説得力に欠ける。これこそ私があまり本作を高く評価できないポイントである。逆に意外性と説得力ある主張があれば、平凡な予定調和の物語の退屈さを打ち破れた可能性はある。

アニメーションとしては、背景がシンプルな点が目につく。これについては「あえて描き込まないようにした」ということだがどうなのか。予算面など、なんらかの事情があったのではないのか。

というのも、この映画は同監督の「思い出のマーニー」などと違ってキャラクターがとにかく動き回る見せ場が多い。アクションがあって、魔法のファンタジーもある。誰が見てももっと描き込んだ背景を動き回ったほうが楽しいはずだ。ほんわかした絵本的背景では、物足りなさを感じるのは当然のこと。

ボイスキャストにも不満が残る。たとえばシャーロット役の大竹しのぶはただでさえ地声が若いタイプの女優である。この、ごく普通の知的なおばあさん的に演じてほしい役柄には合わない。

ほかにも違和感を感じさせるキャストが何人か目についたが、こんなところをジブリ的にしてどうするのかと思う。

アニメ映画、とくにこうした話題作はキャスティングを慎重にしてほしいものだ。

アニメーションにおける声というものは、画面に出ている人物絵に違和感を感じさせない点が最も大事なはずである。すんなり耳に入ってきて、キャラのイメージにあっているのが一番。そうしたシンプルな観点からキャスティングしてもらいたい。

結論として「メアリと魔女の花」は、幼稚園児から低学年くらいの女子なら普通程度に楽しむことはできる。一方、男子と、「ジブリアニメよ再び」を期待する大人の観客の満足は得難いものがあるだろう。

個人的には、米林宏昌監督をジブリアニメの呪縛から開放させてあげたらいいのにと今回強く感じることになった。日本のアニメ界の未来のためにも、彼の個性、持ち味を生かすための企画というものを、プロデューサーたちはもっと真剣に考える必要があると思う。

The Art of メアリと魔女の花 (STUDIO PONOC THE ART SERIES)
スタジオポノックはジブリ退社後の西村義明プロデューサーが立ち上げたスタジオです。


連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.