「TAP THE LAST SHOW」65点(100点満点中)
監督:水谷豊 出演:水谷豊 北乃きい 清水夏生

情熱がこもっている

俳優が映画監督業に乗り出すケースは決して珍しくない。だが水谷豊ほどのベテランが初めて監督するとなると特別な興味を掻き立てる。そこには何かよほどの動機があると思われるからである。

かつて天才と称された元タップダンサーの渡真二郎(水谷豊)は、30年前の事故で足の自由を失い、いまだ酒浸りの日々を過ごしている。そんな彼のもとに、劇場を閉めることを決めた支配人の毛利(岸部一徳)がやってくる。人生をかけてタップを愛した者として、最後のショウを決めて終幕としたいと語る毛利は、その振付と監督を渡に託すのだった。

「TAP THE LAST SHOW」は冒頭に書いた期待通り、作り手の、この場合は水谷豊だがその伝えたいもの、大好きなものがつまった好感度の高い作品であった。

それは何かというと、水谷監督が愛するタップダンスの魅力。一流のショウが世に出るまでに、観客からは見えないところで込められた努力と情熱、ということに尽きると思うが映画でそれを見せるためには2つの選択肢がある。

まず、演技のうまい役者にタップをやらせる。あるいはタップダンサーに演技を教える、その2つである。

もちろんタップに限らず、音楽やらスポーツやら何かの技術が必要な題材を描くときにはまずこの選択を迫られる。

前者には、最近の有名作で言えば「ラ・ラ・ランド」がある。出演者にピアノやダンスを覚えさせる、これは製作期間に余裕があり、役者のギャラが高いハリウッドらしいやり方といえるかもしれない。

そのどちらも、ハリウッドほどには用意できるはずもない本作が選んだのは必然的に後者。つまり、タップダンスができるものに演技をさせる手法である。監督の目的を考えると、これは正解だったと思う。

さて、オーディションで集まった訳ありの男女たちが、伝統あれどすっかり時代から忘れ去られた劇場最後の公演に挑む。そんな、地べたを這いつくばるものたちが一矢を報いる物語を描くため、この映画はいくつか工夫をしている。

たとえば登場人物を少数に絞り、集めた新人ダンサーたちの背景を全員分描くことで強い共感を引き出そうとする。

これは定番のやり方で正しいと思うが、残念ながらダンサーを演じる役者たちの多くには平均的な演技力すら備わっていないため、どうしてもドラマパートは見劣りする。タップ技術を重視したキャスティングである以上、これはやむを得ない。

しかし、この映画には自ら主演を努めた水谷豊と彼に匹敵する演技力とムードを備えた岸部一徳ら味のあるベテランの演者がいる。

夢を追い続けるオヤジたちを演じる彼らの格好いいことと言ったらない。足の痛みと心の空白から目を背けるため、日夜ウィスキーのボトルを煽り続ける倉庫部屋の美術も光もまた素晴らしい。

そこで繰り広げる余裕のある大人たちのユーモアも心地よい。ちょいワルな、心の奥では夢を諦めていない男たちの反骨心を表現するような車やファッションもまたよろしい。彼らの活躍は、明らかに若手の演技力不足を補っている。

そんな若手を、劇中、常軌を逸した理不尽なしごきで鍛え上げる水谷豊。この緊張感ある対決構図もいい。

水谷演じる渡真二郎と対立しつつも、必死に食らいついてくる若者たち。彼らは目の前の自分の感情より重要なもの、つまり将来への道が開ける可能性がこの指導者にあることを知っている。若くても人生の苦労を知る、気持ちのいい連中であり、そのひたむきな姿には心震わせられる。

ここではまさに日本版「セッション」というべき音楽とダンスの格闘技が繰り広げられる。大きな見どころといえるだろう。

こうした密度の高い修行を経て、ついに幕開けとなる瞬間の感動は相当なものだ。

このシーンには、おそらく水谷監督は相当な自信があったはずである。

タップダンスというものがこれほど豊かな表現力とエンタメ性を兼ね備えているものとは、多くの観客は知らないのではないか。

それを誰よりもよく理解し、伝えたかった水谷監督。このクライマックスを際立たせるため、よくぞ我慢したものだと思う。途中でいくらでも見せるチャンスはあったのに、温存していたことがよくわかる。ここからは爆発的にタップの美しさ、楽しさを見せつける。

ただ、少し残念なのはタップの舞台上における魅力を誠実に見せようとするあまり、それぞれのダンスがぶつ切りに感じられること。

その多彩な魅力は伝わってくるものの、それは舞台でやってこそ生きるもので、映画ではちょいとテンポが落ちる。

映画の場合は、何か演出上の理由がない場合は途中で息をつかせないほうがいい。一気呵成に見せて、始まったらもう止まらない、エネルギーを爆発させてスパッと終わらせる。そのほうがいい。

もしこの映画のラストの見せ場でそれを実現していたら、相当な傑作になっただろう。現状でも初監督作品としてはかなり良くできた、想いもこもった好感度の高い作品だが、この点はぜひ水谷監督の次回作に期待したい。



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