「こどもつかい」25点(100点満点中)
監督:清水崇 出演:滝沢秀明 有岡大貴 門脇麦

清水崇ホラーらしさはあるが

清水崇監督の持ち味というのは、都市伝説を聞いたときのようなとらえどころのない不安感や恐怖を、うまいこと映像としてみせる点にあると私は考えている。

姿を消した子供がしばらくすると戻ってくる不思議な事件が起きた。しかもその家では大人が間もなく死を遂げていた。事件を調べる記者の江崎駿也(有岡大貴)は、やがて恋人の保育士、原田尚美(門脇麦)がその"死のパターン"にはまり込んでしまったことを知る。

ネットで都市伝説とか創作ホラーのたぐいを読むのが私は結構好きなのだが、素人の作品でも、設定の身近さや謎めいた舞台が絶妙で、やたらと先が気になる上手な語り口のものが少なくない。

清水崇監督のホラー映画にもそういう面白さがあるのだが、この映画については少々不発である。

本作の基本設定としては、まず虐待された子供が急にいなくなる。だが少し立つと戻ってきておかしな歌を歌いはじめる。そして3日後に虐待した親が変死する、というものだ。

どうだろうか。

このルールを見て、心躍るワクワク感、その先=真相が知りたくなる感があるだろうか。正直なところ、どこかありふれた感じがするし、相当ストーリーテリングに工夫がないと長編を持たせるにはキツイように私には思える。

だいたいなぜ3日後なのかと思う。まあ、映画を盛り上げる進行上の都合ではあるのだが、そんな風に突っ込んでしまうのも、最重要なその設定にまず生理的に納得がいく法則が見えてこないからだ。

また、天罰が下る理由づけとなっている「児童虐待」というのはあまりに題材が生々しすぎるのではないか。こうなると親の側に共感するのは絶対に無理なので、彼らが死んでも観客には自業自得感しか感じられない。どんなにひどい死にざまでも、それは恐怖感に直結しないように私は思うのである。

さて、決して意図的に虐待をしたわけではない、ある意味誤解のような形でぶきみなうたの被害者になったヒロインは、この3日間が命のタイムリミットとなる。はたしてかわいい門脇麦ちゃんを救うことができるのか。

というわけだが、先ほど書いた通り前座となる虐待親たちの死亡シーンでさほど恐怖を盛り上げきれなかったので、このメインストーリーも少々あがりきらない。

とはいえ、この一連の流れの中でさすが清水監督と思わせる描写ももちろんある。それはある場所である人がクビを吊る場面だったりする。これはあとからじわじわ来る、いかにも清水ホラー的な気味の悪いシーンであった。

演出の良し悪しという意味では、こんな感じの一進一退で映画は進むわけだが、いかにもよろしくないのは滝沢秀明演じる黒マント=こどもつかいとの対決シーン以降である。

一般に「見せない怖さ」については誰よりもホラー監督はよく理解しているものだ。

ただ、なにしろ本作は人気者のタッキー初主演映画である。企画書の一行目にそれが書いてあっただろうから、作り手としては彼の扱いを軽くするわけにはいかないはずだ。つまりそうした宿命のもと、いかに「見せない怖さ」の大切さを知る監督とて、肝心の整ったお顔をお客さんに見せない訳にはいかない。

結果として、こどもつかい登場以降が長い長い。それほど引っ張れる要素ではないのに、と思わざるを得ない。

とはいえ本作は滝沢秀明のファン、主に中高生向けにチューニングされたアイドル映画でもあるので、こうした批判をするのは正直心が痛むものがあるのもまた事実。

ただ、ニーズに応えるにしても、この監督ならもっと滝沢秀明の持ち味を活かせる形にできたのではないかと不満が残るのもまたしかり。滝沢秀明を生かすあまり、清水崇を殺してしまっては元も子もないと私は言いたい。

映画はアナログなトリック撮影が多く、予算規模も小さいと思われるが、それがどこか余裕のなさに感じられるのも惜しい。

今時のホラー、とくにアメリカのそれは、日本を含む各国が築き上げたある種の様式美に、彼らなりの若い感性や独創性を上乗せした優れたものが増えてきている。

清水崇は天下のアメリカナンバーワン監督なんだから、こうしたアイドル映画の枠にとどまらない、もっと世界に売れるような普遍的なエンタメホラーを任せてあげたらいいのに。そんなふうに思うのである。

こどもつかい (講談社タイガ)
ノベライズ版。表紙が怖い。


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