「ノー・エスケープ 自由への国境」70点(100点満点中)
監督:ホナス・キュアロン 出演:ガエル・ガルシア・ベルナル ジェフリー・ディーン・モーガン

メキシコの壁は必要か?

トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を作るなどというから、普段はどれだけおっかない違法移民が国境を超えてきているのだろうと我々は思いがちである。なにしろアメリカ人労働者の仕事を格安賃金で奪い、治安まで悪化させている張本人である。アメリカ人にとってはもはや害獣かゾンビのようなものであり、だから壁の建設費はメキシコ政府が出せと言う話になる。そんな大統領が絶賛されるのもなんとなくわかる気がすると、そういうわけだ。

モイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)たちは、違法なブローカーのもと、メキシコ側からアメリカへ国境越えを試みていた。命がけで灼熱の砂漠を歩き、なんとか国境を超えた時、彼らは突然銃撃を受ける。わずかな水と食料以外何もない彼らメキシコ人にとって、真に恐ろしい運命の幕開けであった。

さて、冒頭のような一方的な言い分だけを見ているとバカになるので、たまにはこの映画のようなメキシコ側から見た国境問題、というものを知っておくのも悪くはない。あらゆる政治的な物言いは、100%正しくもないし、誤ってもいないのだ。バランス良く両方知っておくのが無難であろう。

さて、この映画では不法移民はいたいけな弱者であり狩られる側。愛国心あふれる民族主義者のアメリカ人こそが気のふれた殺人鬼=人間ハンターという構図である。トランプの狂信者を漫画チックに誇張したような一人の南部男が、さしたる理由もなくメキシコ人たちを撃ち殺してゆく。それからのサバイバルを描いたスリラーである。

歴史を見れば、安いメキシコからの労働力を存分に搾取してアメリカが経済成長していた側面もあるわけだが、かといってアメリカ人すべてがその恩恵を受けているわけでもない。トランプ的な理屈を盲信して、ひたすら憎悪を移民に向けるアメリカ人がいても、全く不思議ではない。本作はフィクションだが、妙にリアリティを感じるのもまた事実である。

ちなみにこの映画で不法移民たちは、プロレスラーがリングロープをまたぐように、いとも簡単に国境超えしてくる。見張りもいないし、実にのんきであっけないものである。国境を普段意識しない私たち日本人は、このシーンでおそらく軽いショックを受けるだろう。

これは、このあたりが砂漠地帯であるというのが最大の理由。国境を超えたところで生存するのは容易ではないから壁も見張りもいないわけである。

言うまでもなく、そうした「天然の要害」がない国境部分には、すでに厳重な見張りと壁が配置してある。そういうところからはまず不法な越境はできない。

トランプが新たに壁を作ろうとしているのは、この映画に出てくるような「もともと壁を作る意味があまりない」場所ということが、この映画を見るとよくわかる。これだけでもニュースの見方が大きく変わるのではあるまいか。

最高気温50度の中、干からびて死ぬか、キチガイに撃たれてしぬか。

ガエル・ガルシア・ベルナル演じる主人公の、絶望的に不利なサバイバル劇。はたして彼は仲間の何人を救えるのか。そもそも自分が生き残れるのか。

この映画にでてくるサイコパスな狙撃者をみていると、色々と考えさせられる。彼にはまともな人間の感情の動きというものが欠落している。だが、ある大事なものを失うとき、ほとんど初めて感情を爆発させる場面がある。

ここで私達観客はショックを受ける。この男には、目の前で撃ち殺され死んでゆく人間たちの命よりも大切なものがあるのである。

このシーンはその、彼の中におけるいのちのランク付けの意味合い(異常性)を観客に意識させるための演出となっているのだが、実はこれは移民問題を考える上で決して絵空事だと無視できない、重要な問題をはらんでいる。

彼の頭の中の「いのちランキング」の異常性を、私たちは多かれ少なかれ持っているのではないか。そのように気づく者になりたいものである。

今最もホットな社会問題を考えさせられる上、極めて面白い追跡アクションでもある。新鮮なうちに見てほしいと思う。

メキシコ便利帳創刊号
壁の超え方は書いてないか。


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