「ムーンライト」60点(100点満点中)
監督:バリー・ジェンキンズ 出演:トレヴァンテ・ローズ アンドレ・ホランド ジャネール・モネイ

不幸の特盛状態

「ラ・ラ・ランド」をくだしてアカデミー作品賞をとった「ムーンライト」は、なるほどほとんどの人が「なかなかいいね」と思うタイプの作品である。

マイアミの麻薬地区で、ジャンキーで売春婦の母親に育てられた少年シャロン(アレックス・R・ヒバート)。学校でもいじめられ、口数も少なくなってしまった彼は、偶然出会った地域の麻薬組織のボス、ホアン(マハーシャラ・アリ)夫妻と仲良くなる。

アカデミー作品賞は賛否が分かれる作品よりも、平均的にポイントを稼ぐ映画が有利な集票方式なので、一部の絶賛と多くの期待外れに分かれたであろう「ラ・ラ・ランド」が落選したのも無理はない。一方本作は、だれが見ても平均以上には気に入るであろう、良質のドラマである。

さて、地域の有力者の寵愛を受ける主人公だが、彼らの庇護が観客の期待どおりシャロンのド底辺の人生を上向かせることはない。シャロンの環境は、そんなに甘いものではないのである。

黒人差別なんてのが甘く見えるほどの逆境。それは自宅で母親が売春し、かつ麻薬を常習。周囲も似たような連中ばかりの貧困地区。尋常ではないいじめがはびこる教育現場。まともな人生を歩める可能性はほぼなく、金を稼げる仕事といえば麻薬の密売くらい。

自分や母親を破滅させた麻薬を売るしか生きるすべがないという、とてつもない状況がここにある。シャロンの場合はそれに同性愛差別が加わる。まさに不幸の特盛状態である。とてもじゃないが、日本人には非現実的すぎてすべてを実感するのは不可能なほどだ。

とはいえ、これだけ試練困難がちりばめられていれば、どこかがフックとなるわけで、そこを頼りに感情移入してみていくほかはない。

思うに、LGBTで差別を受けたことがある人にとっては、日本人であっても大いに本作に共感できるだろう。中でも主人公とある少年のラブシーンは極めて自然で、恋の高まりを感じられるもの。本作の名場面の一つである。

この物語における主人公は、周囲の不幸を一手に引き受けているような存在で、それはこの最愛の相手に対してとくに顕著である。高校編の最後の行動は、自分のためであるように見えてそれだけの意義にとどまらない。そこが本作最大のポイントでありテーマである。

シャロンは、彼の母親が語るように人生で最も必要な時に必要なものを得られなかった。それが最大の不幸だと本作は伝えている。

そんな彼は、あのとき自分を犠牲にして愛する人を救っているのだが、はたして相手はそれに気づくだろうか。観客は気づくだろうか。レストランでのシーンからラストに至る最終章は、それを明らかにする意味合いのシークエンスである。

シャロンの人生は決して明るいものではなかったが、LGBTで苦労したことがある人がこれを見ると、ある種の肯定感そしてほんのりとした幸福感を味わえるに違いない。そういうものを欲している人には、きっとこれ以上の高得点を感じられるだろう。



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