「サバイバルファミリー」90点(100点満点中)
監督:矢口史靖 出演:小日向文世 深津絵里

現代人なら大いに共感できるテーマ

「なんらかの原因で"電気"を失ったら、日本の都市生活者はどんな運命をたどるのか」それをある平凡な一家の視点で描いたシミュレーションムービー。

いい企画というものは、こんな風に1行の説明を聞いただけで「見たい」と思うものだ。

と、なぜそんなことを最初に書くかといえば、日本映画にはそういう当たり前の映画があまりに少なすぎるからだ。ましてオリジナル脚本のそれとなれば、ほとんど皆無といってよい。

東京で暮らす鈴木家。父の義之(小日向文世)は仕事一筋で亭主関白気味。母の光恵(深津絵里)、息子の賢司(泉澤祐希)、娘の結衣(葵わかな)の4人家族は特別仲がいいわけでもないが、トラブルもなく平凡に暮らしていた。そんなある朝、あらゆる電化製品が使えない事態に遭遇する。どうやらご近所も仕事場も同じらしい。まだ一人として危機感は持っていなかったが、これが鈴木家の、壮絶なるサバイバルの旅の始まりだった。

「ハッピーフライト」(2008)の矢口史靖監督らしい徹底取材によるリアリティと、小学生に見せても大丈夫な健全なコメディー、そしてしっかりとしたテーマを持つ良質なオリジナル作品。こういうものを見たかった、と手を叩きたくなる面白い一本だ。

まずは鈴木家に感情移入させるため、いかにも都会暮らしにありがちな危機感のなさで笑わせる。じっさい停電ごときでは出勤をやめないのが東京人だし、交通網が止まっていたってお店に食料がなくなってきたって屁でもない。いつかは誰かが何とかしてくれると思い込んでいるから暴動も奪い合いも起こらない。日本以外の国の映画だったらわずかな物資を取り合う銃撃アクションか悲惨な殺し合いになるところだろう。

日本が舞台だからこそ、これほどユーモラスな映画になっているのであり、だから「サバイバルファミリーはなによりも日本らしさにあふれている。もっとも、徐々に深刻さを増してくる最終局面では少々恐ろしい場面もあったりするので、決して能天気なだけの映画ではない。

さて、話を戻すと鈴木家は漁師をやってるおじいちゃんを頼りに、遠い実家への旅を彼らは始めるわけだが、この旅路は実際にスタッフが同じような装備で体験したそうなので「リアル」なはずである。サバイバルの小ネタとして覚えておくと、何かの役に立つかもしれない。高速道路を自転車で旅するシーンは絵的にもインパクトがあるし、とにかくこの前半は思い切り感情移入して楽しむことができる。単純にサバイバル劇として面白い。特に都市生活者は。

さて、そうした真実味あるシーンとは裏腹に、画面に映っていない部分がどうなっているのかという疑問も常に頭にちらつく。警察や自衛隊も少しだけ出てくるが、現実はあんなものではすむまい。都市で群衆が飢えはじめたらさすがの日本とて大パニックになるだろう。

だがこの映画のカメラはあくまで一家に寄り添うばかりなのでそうした「その他の人々」はあまり描かれることはない。それをやり始めたらこの予算では足りないし、脚本もややこしいことになるし、なにより主題からずれる。

私が本作で最も評価しているのはこの「主題」についてである。この楽しい映画を観終わったとき、観客は不思議な感情にとらわれるだろう。同時に、最後にアレがおこったときの人々が、意外な表情をしていたことに気づくかもしれない。そういう人は、映画の本質を正確に見抜くセンスを持った人である。

この映画で一番重要なのは、あの村における、アレがおきたときの人々の表情である。その直前の、子供たちが魚を運ぶときの表情と対比になるよう、この監督はあえてわかりやすく演出している。

にんげんの幸福のために真に必要なものとは何なのか、あなたがずっと考えていたそれがそうなのかい? と矢口史靖監督はまさにこのとき問いかけているのである。

そしてこのシーンに至るまでの旅路の途中で、その答えをすでに観客は知っている。言葉にできないほど美しく、猛烈な感動を巻き起こす"農家におけるある場面"がそれだ。具体的に書かなくても見ればきっとわかるだろう。

このとき、私たちの暮らしの中にすでにどれほどの幸福があったのか、それに気づいていなかった鈴木家とともに、私たち観客も強烈に思い知らされる。だからわけもわからなく涙が出てくる。

私たちがとるに足らないもの、過去のものだと馬鹿にして捨ててきたものに圧倒的なリスペクトをささげる矢口史靖監督の視点は、幸福というものを見失いつつある現代の日本人にとって絶対的に必要なものである。

こうした難しい問題を、これほどわかりやすく、面白く、そして小学生でも楽しめる形で映画にする。

私の知る限り、今の日本映画界には矢口史靖監督しか思い浮かばない。まさに唯一無二のオリジナルな作風であり、全面的に支持するとともに可能な限り作り続けてほしいと願う。



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