「グッドモーニングショー」80点(100点満点中)
監督:君塚良一 出演:中井貴一 長澤まさみ

テレビ局制作映画だからこその強みをみせた

テレビ局による映画製作は、映画マニアからは何かと批判されることが少なくない。だが、長年テレビ業界での経験がある君塚良一監督のフジテレビ製作映画「グッドモーニングショー」は、逆にテレビをよく知る彼らが作ったからこそこれほど面白くなった、珍しい成功例と言えるだろう。

朝のワイドショーのキャスター澄田真吾(中井貴一)は、起き掛けに同居する息子からデキ婚の意思を伝えられて狼狽する。おまけに共演する女子アナの圭子(長澤まさみ)からは、不倫関係を生放送中に公表するなどと一方的に通告されてしまう。散々な一日になりそうだと思った彼だが、本当のド不幸は放送開始後に待ち構えていた。

序盤はキャスターである主人公が朝の3時に目覚めてから本番までを、ディテール豊かに描く完全なお仕事ムービー。もしあなたがテレビ関係者なら、きっと息子に見せたくなるであろう。職場の格好よさを見事に描いた映像となっている。

たとえば壁に貼る放送用の新聞にはアイロンをかける。その日の話題の順番を決めるための激しい、しかし無駄のないハイスピードな打ち合わせにも、業界人以外は面食らうだろう。ほかにも出演者が読むカンペの文字サイズ、フォントから出し方まで、すぐれた経験則的合理主義によるものだということも、これを見るとよくわかる。多少ながらこうした現場を知るものとしても、非常にリアルだということがわかる。と同時に、誰もが目的を1つにしている現場ならではの小気味よい一体感のようなものに、観客も入っていけることだろう。

この臨場感が出せたのは、この映画のスタッフがテレビ出身だからと断言できる。この空気感とディテールを、テレビ局関係者以外が作るのは相当難しいはずだ。

長澤まさみ演じる共演の女子アナとの不倫ネタがあるので中学生以上向きではあるが、それがなければテレビ局に興味がある小学生でも楽しめるであろうと思わせる。それくらいよくできた導入部である。

やがて生放送が始まるが、テレビ局近くのカフェに男が猟銃とともに立てこもっている臨時ニュースとともに状況は一変する。

突発的な大ニュースによりレギューラーコーナーが、その準備の苦労とともに吹っ飛ぶなど、ここでもトリビアを織り交ぜながら、映画は犯人を、素人である主人公が説得するサスペンスへと突入する。なんと籠城男は、番組のキャスターを名指しで交渉人に指名したのである。

このパートは正直、よく見るとご都合主義が目立つ非リアルなものだ。たとえばあんなものをつけたまま現場への突入を警察が許すはずはないだろうし、銃口を振り回す犯人と民間人をこれほど近づけるはずもない。

だがこれらは、鑑賞中の興味や共感を削ぐようなマイナスポイントとはなっていない。なぜなのか?

その答えを言うと、ようするに前半のリアルすぎるお仕事ムービーパートがすこぶる面白く、同時に「この映画はリアルな映画なんだ」との認識が観客の中に残像として残っているからである。

その勢いのまま事件パートに突入しているので、こちらもなんとなくリアルな感じをキープして最後まで楽しめるという仕組みである。直近では「シン・ゴジラ」がとった(定番の)演出手法である。あちらでは石原さとみのバカキャラ登場が現実パートと妄想パートの明確な入れ替わりサインとして使われている。

惜しむらくはこの後半パート、犯人の動機という物語一番の肝が弱い。

真相自体はいいと思うのだが、そこに多少なりとも真実味をもたらすためには、この犯人が受けた苦しみについての演出をもっときっちりやらないといけなかった。そこがこの映画はとても弱い。

おそらく彼のようなにんげんの境遇というものに対する理解が、この映画の作り手には足りないのではないか。だから結果的にそれを表すのが、演じる濱田岳のセリフによる説明だけになってしまっている。

いうまでもなく濱田岳はいい役者だが、残念ながら本作での演技は、苦しんだ人間の魂の叫びというべきレベルまでは見せられていない。それがあれば映画全体の完成度はぐっと上がったのだが、それ以前に映画のキモが彼一人の演技頼りというのも問題であろう。

結局こういうところに、フジテレビ特有の軽さのようなものが悪く出ている。大衆に寄り添う温かさと大衆への理解、そういうものが主人公の番組同様、この映画には足りないのであり、そしてそれは、視聴率競争に敗れ続ける現実のフジテレビの問題点でもある。

ただ幸いにして、そんな軽さが軽妙さとして幾多の笑いを生んでいるのもまた事実。その意味では、マイナス点と相殺されているのが本作を救った。

とくに長澤えんじる女子アナが、隙あらば生放送でキャスターとの不倫関係を自ら暴露しようとするくだり。ここは爆笑確実なやりとりが楽しめる。こういうメンヘラ地雷女が長澤にはぴったりとハマる。こういう役は、数年前までの彼女には、ここまで似合うことはなかったのではないか。出演ドラマなど彼女の仕事すべてを追いかけているわけではないが、なんとなく新しい魅力を発見した思いがする。

そしてこの騒動を受ける奥さん役、吉田羊のあの睨みつけるような表情。これがまたすばらしく魅力があるのである。笑顔以外に武器となる表情をもつ女優は強いとつくづく思わされる。彼女にはそれがあるから、これほどたくさんの映画に呼ばれるくらい人気があるし、年下のアイドルもぞっこんになるのである。

非常に見ていて面白い映画で、とくにテレビ業界に興味がある人にはたまらない。だからこそ、もう少し完成度を高められればな、との思いはあるが、こういうことを感じるのは良作の証拠。期待して見に行って欲しいと思う。



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