「あまくない砂糖の話」85点(100点満点中)
監督:デイモン・ガモー

日本じゃ作れないだろう

04年の「スーパーサイズ・ミー」をヒントに作られた「あまくない砂糖の話」は、ライザップブームはじめ糖質制限ダイエット全盛の現代日本にこそふさわしい、タイムリーなドキュメンタリーである。

オーストラリア人のデイモン・ガモー監督は、妻の妊娠を機に安全な食生活について考え始める。この奥さんはなかなか優秀で、ガモー家の食生活に特段の問題点はないようにみえる。だが生まれてくる子供のための食事はどうだろう。世間に溢れる子供用の加工食品、健康によいとされるシリアルやジュース。そういうものに問題はないのか、もっというなら、それらに大量に含まれるシュガー(砂糖、果糖)は安全なのか。

そして彼は決意する。シュガーを自ら60日間とり続けて人体実験してみよう、と。

「スーパーサイズ・ミー」との違いは、あきらかに害だとわかっているジャンクフードではなく、ありふれた食材、調味料たる砂糖ということ。さらに無謀な量ではなく、オーストラリア人の平均摂取量ジャストを毎日とると決めたこと。ちなみにこの量は、日本人とも大差がないという。

その結果、どうなったか。その衝撃の結果は映画館でぜひご確認を。

ポップな映像とわかりやすいCG、ユーモア溢れるナレーションやハイスピードで無駄のない展開。あらゆるドキュメンタリー作品のなかでも娯楽性の高さではトップクラス。お勉強臭さはゼロだ。まるでバラエティ番組を見るかのように楽しめるだろう。

その一方で、字幕版ではたとえば"ジュース"が加糖した清涼飲料水なのか、100パーセント果汁なのかがわかりにくいなどの問題が残る。何を食べているのかは重要なポイントなので、できれば情報量が多い吹き替え版のほうがいいのだが、公開時にはまだ存在しない。この点は映画会社にも提案したが、なかなか予算的に難しい部分もあるわけで、DVD化の際に期待したい。

さて、高脂肪低糖質の食事から、低脂肪高糖質の食事にかえる。つまりこれまでの食事から「脂肪」を減らした分を「糖質」に変更する。一昔前の栄養学なら理想に近い。だが実際はどうだろう。

ボディビルの世界では、炭水化物を減らすダイエット法は大昔からの常識であった。ライザップのメソッドも、もちろんそれを参考にしたものだ。よってそれを趣味とする私も長年糖質を制限(ゼロではない)する食事法を続けている。

そもそも体内にほとんど貯めておけない炭水化物というエネルギー源を主食とすることじたい、生物として理に適っていないのである。貯めておけない理由の第一は貯める必要がない、つまりいつでも他の栄養素から変換できるからである。さらにいえば、貯めておくと害をなすから、との推論も成り立つ。

それでも一般に主食=炭水化物と信じられているのは、ヒトが農耕を発明して以来、たんに一番簡単に大量に生産できたのが穀物だったからというだけの理由だ。生物学的な必然性ではなく、たんなる社会学的理由なのだから、それが実は肉体にとってとりすぎれば害をなす成分だったとしても何の矛盾もない。

ヒトの身体は糖の代謝にたいし、きわめて貧弱な処理システムしか持ち合わせていない。なのに長期間の大量摂取でそれを酷使するから、数十年もすれば簡単に故障してしまう。現代医学はそれを糖尿病と名付けている。

そうした思想を持つ立場から見ると、砂糖の精神に与える影響や中毒性、カロリーを増やしていないのに太るメカニズムなど、ことごとくこの映画の主張には頷くことばかりで、自分が実践してきた理論を再確認するような楽しさを感じられた。

だがそうでない観客にとっては、きっと旧来の価値観の破壊をともなう再構築ということになるだろう。その意味でこれは、炭水化物信仰、脂肪悪玉論に毒されている人々には、人生を変える作品にすらなる可能性がある。

じっさい本国オーストラリアでは、この作品は大ヒットして社会的な影響を与える結果となった。

監督に直接会って話した印象は、いかにも好奇心旺盛な若い映像作家といった感じでとてもそんな大それたことを達成したように見えなかったが、彼の挑戦はそうとう野心的であった。なにしろ豪州は世界第3位の砂糖生産国。そこで砂糖業界を敵に回す映画を作ればどうなるか。まして世界的企業を本作では名指しで批判している。タブーを犯すからには、大変な苦労があったのではないか。

少なくとも、とてもじゃないが日本ではできない。事実、これほどブームになっているのに砂糖や炭水化物の害に目をつける監督すらいないし、いたとしても資金を集めることすら難しいだろう。

その結果、親たちは「砂糖は脳みその唯一の栄養素」などという大昔のプロパガンダを有り難がり、子供に砂糖菓子を与え続けている。

私に言わせれば小さい子供にとっての砂糖は、大人にとっての麻薬と同じくらいの中毒性を引き起こすものだ。100害あって一利なし、可能な限り高い年齢までカットしなくてはならない性質のものであり、多くの困難を乗り越えそれを実践している一部の親たちに私たち情報発信者は寄り添い、応援すべきなのである。

「あまくない砂糖の話」は、その精神的支えとなってくれる心強い映画である。おちゃらけたノリだが、その思想と意気込みは骨太だ。極端な情報に見えるかもしれないが、そのうちこれが普通になる日が来るだろう。

お腹が大きくなっていく姿をパンツ一枚で見せてくれる美人の奥さんのみならず、監督の実験を支える医者や専門家が美人揃いというのも目の保養になって実によろしい。こうしたキャスティングのやりかた、それぞれのキャラを意図的に立てている点など、この監督は発信者、扇動者としてかなりの手練れだ。

日本でもこれくらいのものを作る人が出てこないものか。この分野はブルーオーシャン、若くて野望溢れる映画作家にとっては早い者勝ちである。タブーを恐れず突き進んでほしいものだが。



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