「マギー」75点(100点満点中)
監督:ヘンリー・ホブソン 出演:アーノルド・シュワルツェネッガー アビゲイル・ブレスリン

究極のリバタリアニズムかと思いきや

アーノルド・シュワルツネッガーの役者としてのブレイク以来、もっとも低予算の映画である「マギー」は、彼にとって初めてのゾンビ映画でもある。

人間をゾンビ化するウィルスが蔓延するアメリカ。田舎の農場で暮らすウェイド(アーノルド・シュワルツネッガー)の16歳になる娘マギー(アビゲイル・ブレスリン)も、今まさにゾンビにかまれ感染してしまった。決まりでは、感染者はいずれ発症前に隔離所に連れ去られる運命だが、ウェイドはその運命に必死に抗いつつ、最愛の娘を前に自分が何をするべきか激しく葛藤する。

シュワがギャラゼロ円で出演したため低予算映画になったわけだが、じっさい彼が出たおかげでこの地味なドラマに華がうまれた。と同時にアーノルド・シュワルツネッガーにとっては、キャリア最高の演技力を見せつける場となった。

この映画は、かつてのアクションスターが出演しながら、ショッピングモールに立てこもって大勢のゾンビをなぎ倒すアクションなどは存在しない。

しかしながら、シュワ演じる主人公ウェイドは心も身体も頑健で、ゾンビとのタイマンで引けを取ることはない。ものすごいタフネスである。

だが、どんなに筋肉があっても、戦闘力が高くても、感染したわが子を救う手立ては見つからない。この構図がまずは思わせぶりである。

いってしまえば本作は、勝つ可能性すらみじんもない相手と対峙する男の物語。それをアメリカ黄金時代を象徴するマッチョスターが演じることで、今のアメリカが直面する情勢の比喩としているわけである。つまり現代は、勝ち目のない戦いや解決法のない問題と、それでもそれらに立ち向かわねばならない時代であると、こういうことだ。

長年の主治医ですら、薬より"そちら"を使えと言わざるを得ない。彼が指差したショットガンを手に、父親は何を思うのか。

それは世の父親ならば痛いほどにわかるだろう。この問題は誰にも頼めない、自分がけりをつけなくてはならない。国家にも、科学にも頼ることはできない。自分のことは自分でやる。究極のリバタリアニズムといってよいが、しかし本作はその先にまで踏み込む。そこまで責任感をもってしても、なすすべのない状況に、はたしてどう立ち向かえばいいのか、だ。

徐々に人間らしさを失ってゆくアビゲイル・ブレスリンはいうまでもなく、アーノルド・シュワルツネッガーの演技が素晴らしい。人の心を打つ演技には意外性がある必要があるが、シュワの場合は普通に演技ができればそうなるのである意味恵まれているといえなくもない。……が、そんなことは抜きにしても本作の彼は役者として見せに魅せる。

ある場所に立ち入ったとき、そこに自分たちの未来をみたときの表情、これはとくに胸を打つ。そしてなによりラスト近く、娘と近づく椅子のシーン。この場面での父親の心情はもう、びしびしと伝わってくる。その後、本当に愛する家族のために男は何をするべきか、何をすればいいのか、そして何ができるのかを示唆して映画は終わる。

切ないピアノの旋律がよく似合う、いつまでも心に残る佳作である。アーノルド・シュワルツネッガーのファンや、父親世代の男性にはとくに強く本作をすすめる。見て絶対に損はない。



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