「バクマン。」40点(100点満点中)
2015年/日本/カラー 配給:東宝 監督:大根仁 原作:大場つぐみ、小畑健 脚本:大根仁 キャスト:佐藤健 神木隆之介 小松菜奈 桐谷健太

青春映画風味だが

週刊少年ジャンプというものがいかに特別ですばらしいかを世に示した大場つぐみ&小畑健の漫画「バクマン。」だが、その映画版は期待と実現ポイントが微妙にずれる残念な結果となった。

クラスメイト高木秋人(神木隆之介)に「一緒に漫画家になろう」と誘われた真城最高(佐藤健)。彼らは漫画家だった最高の亡き叔父の仕事部屋と道具を使い、作品を仕上げ、漫画界の頂点週刊少年ジャンプの編集部へと持ち込みする。向こう見ずな二人の長きチャレンジは、今始まったばかりだ。

観客、読者、映画監督と、それぞれにこの原作漫画のどこをおもしろく読んだか、映画になにを期待しているかが微妙に異なるのは当然のこと。私は、人気原作はそれを育てたファンのためにあるべきという立場なので、その見地から映画版を評価するわけだが、結論としてはちょっと違うな、という印象である。

大根仁監督はマンガの執筆がメインとなるこの物語をいかに映画として面白くするか知恵を絞り、結果として執筆シーンをポップでダイナミックな映像的見せ場とすることに一つの解をみた。映像で見せることを得意とする彼らしいやり方だと思う。

ただ「バクマン。」の魅力とは、そういうこととは違う気がする。個人的にこの原作のなにが優れていたかといえば、週刊少年ジャンプの歴史を作ってきた当事者による、リアルな回顧録そして裏事情。作り手としてのマンガ文化への愛情である。

たとえば週刊少年ジャンプ編集部がどういうシステムで新連載を決め、それを発展させ、そして切るか。その競争の中でどう漫画家を見いだし、育てているか。そのトリビアとお仕事マンガとしての面白さ、ディテールが第一の魅力ではないか。

原作者の覆面作家、大場つぐみは、コミックスのコンテの絵柄をみればその正体はほぼ明らかだが、この人のようなベテランで、かつアンケートシステムで苦労したであろう人の語りは、ジャンプとともに育った私のような世代にはたまらなくリアルで興味深く、そして切ないものだ。とくに個人的には、今や自分も似たような業界で働く身となっているため、より臨場感と親近感を感じるというのもある。

マンガ雑誌の編集者に知り合いもいるし、編集部の雰囲気も多少は知っているが、このマンガにおける漫画家と編集者の関係は(ある種の理想的関係を描こうとしているにしても)本質的な部分で非常にリアルである。

細部についても、最初の持ち込みが玄関横の談話スペースに通されるとか、さもありなんである。Gペンとカブラペンの違いとか、連載開始後の経費と収支についてなど、実に面白い。

そして残念なことに、映画版ではこの部分の魅力がごっそりぬけ落ちている。

大根監督は、いくつも雑誌に連載を持っているから大場つぐみ同様、出版業界の現状には相当詳しいだろう。そこで見聞きした裏話、リアリティなどを出そうと思えばいくらでもできただろうに、この映画ではそういうお仕事ムービー的な方向は目指していない。

たとえば主人公「最高」の叔父さんは漫画家だが、連載終了時ではなくしばらくたってから過労死している。その理由は外部の人には想像もつかないものだ。これなどマンガ業界の過酷な現状を問題提起する意味合いもあり、映画版でも削除してはいけない要素だったと思うのだが。

そうした残酷物語の背景がありながら、それでも絶妙なバランスでこの業界は成り立ち、大勢の読者に夢を届け、かつ大勢の漫画家の夢を叶え続けてきた。

いいところも悪いところも見せ、その上で肯定するところが原作の奥深さであり、読んでいて気持ちいいところだ。ともすると青臭い、ちらほらと見え隠れする理想主義が、これまたマンガを愛する編集者と漫画家の純粋さを醸し出していて、そこもまた魅力であった。

だがこの映画版は、漫画業界の屋台骨をささえるアシスタントという大切な職種への言及もない。秋人の秀才設定も弱められ、高校生作家というものがギリギリ成立する(かもしれない)説得力も著しく低下している。

その代わりにラブコメと青春ドラマが重視されているが、著しくバランスを欠いているように見える。

原作の魅力のどこを映画にするかという選択眼。二人の主人公の成功物語と苦労話との比重。この2点で失敗している点が、この映画版の問題点である。残念だが、やはり映画より原作を読んだ方がいいなという印象である。

バクマン。 コミック 全20巻完結セット (ジャンプコミックス)
映画は最初のほうだけです。


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