「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド」30点(100点満点中)
監督:樋口真嗣 出演:三浦春馬 長谷川博己 水原希子

ファンをないがしろにした報い

諫山創の人気漫画の実写映画版として期待されていた前編「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」は、当サイトの批評文に樋口真嗣監督が激しく反応したことで炎上騒動を巻き起こした。関係者やスタッフの度重なる燃料投下でそれは大火となり、結果として初動50億の興収を期待されながらいまだ30億程度と、ファンにそっぽを向かれる結果を招いた。今頃映画会社の偉い人たちは、頭を抱えていることだろう。

100年以上ぶりに現れた人食い巨人たち。崩壊した壁を修復すべく調査兵団が奮闘する中、アルミン(本郷奏多)をかばったエレン(三浦春馬)はなぜか巨人化し、他の巨人を攻撃し始めた。それを見た人類側の生き残りは、敵か味方かわからぬエレンをどう取り扱うかに頭を悩ませることになる。

さて、伝えられるところによると樋口真嗣監督は、前田有一は試写室に出入り禁止のはずで、試写状も送っていないはずとの「宣伝部」からの伝聞をインターネット上で公開したという。これはマスコミでも報じられたから、当サイト読者や私に仕事を依頼している媒体の方々など、大勢を困惑させたことだろう。前田という男は呼ばれてもいない試写会に押しかけたのか、あるいは中国の違法サイトの海賊版でも見たのか、もしくは見てもいないのに批評を書いたのではないか、と。

もちろん、そんなことがあるはずもない。私の元にはあらゆる映画会社からの映画試写会の招待状が、10年以上絶え間なく届き続けている。歴史ある映画会社である東宝の名誉のためにも言っておくが、彼らは私に出禁のような仕打ちをしたことはない。もちろんほかの批評家に対してもそうだろう。

そもそも映画会社は映画文化が批評文化とともに発展してきたことを誰よりも理解しているから、批判されることを恐れて批評家を排除するような事をするはずがない。彼らは堂々と批評家たちを招待し、その発言も規制しない。それが彼らの活動屋としてのプライドであり、自信である。常識で考えれば誰にでもわかることだ。

監督本人も反省したのか発言を削除しているようだし、これ以上恥をかかせるのは本意ではないので黙っていたかったのだが、質問メールも相次いでおり、読者の不安を払しょくするためにも証拠を掲載することでまずは論争に決着をつけておく。
進撃試写状※東宝試写室の建物前にて

ちなみに樋口監督は「宣伝部」の会社名を書いていないので、日本のどこかに存在する別会社の宣伝部の話かもしれないのだが、そうだとしても多くの人は「進撃」の宣伝部といえば東宝を真っ先に連想するため、その誤解を解く意味でも当事者の私が指摘せざるを得なかったことを、読者の皆様にはどうかご理解いただきたい。

さて、それにしても東宝のアイデンティティーというべきゴジラの新作の監督を任されるほどの樋口監督は、なぜそんな恩を仇で返すような、東宝の顔に泥を塗るような発言をしたのだろうか?

私はそこに、樋口真嗣という人物のもろいメンタルを見るのである。

おそらく彼は、超映画批評の記事(40点は決して酷評というほどではないのは長年の読者にとってはおわかりと思う)を読んで激しく動揺したのだ。こんなヨタ記事を真に受けることはないんだ、某大手掲示板にだって、前田をけなすコメントがたくさんあるじゃないか、そっちのほうが信頼できるんだ──。

乱れる精神をなだめる材料を必死に探し続ける彼の中で、やがて一つの結論が出る。"自分の映画を批判するにんげんは、出入り禁止なのに図々しく入ってきた映画ゴロに違いない" と。

そんな"ストーリー"に頼らなければ心がもたなかったというならば、私はその姿をもはや否定はしない。あるいはオタオタする監督を慰めるため、あえてそんな話をしてあげた、気配りのできる「宣伝部」の人がいたのかもしれない。いずれにせよ、その"ストーリー"の非現実性に気づけないほど追い込まれていた状況にひどく同情する。

映画監督とは、ときにつらい仕事である。出資者や世間からの圧力の中、孤独に耐えものづくりをせねばならない。彼も超人気原作を任され、筆舌に尽くしがたい精神的苦労を味わったに違いないのだ。

だから当サイトを読み、激怒して前田有一個人を激しくののしっても私は別に構わないと思う。その権利は、樋口監督には大いにある。ただその怒りは私にのみ向けるべきで、今回のように映画会社やファンを巻き込んではいけないと思うが。

そしてその怒りをゴジラ創作のエネルギーに向け傑作を生み出すならば、いち批評家としてこれほど嬉しいことはない。何しろそれができるのは、樋口監督しかいないのだ。そのためならば、私はいくらでも罵詈雑言をぶつけてもらって構わない。監督のメンタルがそれでもつなら安いものだ。

さて、そろそろ本題の映画批評に入ろう。結論からいうが、この後編もひどい出来栄えである。

前作で猛威を振るったおバカさんたちの多くが早々に退場するので不快感は少ないし、前回指摘した設定上のおかしな点にそれなりの理由付けをしてある点には納得ができた。しかし、相変わらずありえない理屈にそそのかされる子供たち(兵団)のアホさ加減は健在である。

カッターナイフごしのテレパシーとか、大げさすぎてとてつもなく格好悪いフィナーレとか、エンドロール後のオチとか、およそあらゆる選択肢の中で最悪のものを選んだとしか思えない演出センス。これらを見て多くの人がドン引きするであろう事が、なぜ監督には想像できないのか。理解に苦しむ。

特定秘密違反などといった言葉に象徴される社会派風味もあるが、脚本家の意図を十分理解しているのか極めて怪しい乱雑な演出のためにこれも台無し。なにかというと登場人物が叫びだす一本調子な演技も、出来の悪いシェイクスピアでも見せられているようだ。

結局この実写版をみると、映画監督に求められるのは、良いものを見分け採用していくセンスなのだということがよくわかる。この映画のスタッフ・キャストにはそれぞれ力があるのに、総合すると変になってしまう。

たとえば特撮にしてもよくできているのに、それを使って何をやっているかといえば、巨人にしがみついてのろのろ、叫んでのろのろ、そんなショットの連続だからエンタメに不可欠な「熱さ」が感じられない。70年代ならともかく2015年の映画でこのノロリ感では、大人の目は満足させられないだろう。毎度本当に申し訳ないし、できれば言いたくはないのだが、これは技術の問題ではなく統括する人の問題。つまり監督の責任というほかない。

おそらく本作が公開されると、鑑賞した一般のお客さんから再び酷評の嵐が吹き荒れることだろう。それは作品の出来もさることながら、前編の際に一部関係者が破壊したファンとの信頼関係が修復していないことが大きい。

私は批評家としてフェアネス精神をもっとも大切にしているから、樋口監督が私をどんなに嫌おうが、悪しざまに言おうが、彼の作品の評価には一切関係がない。私が見ているのは監督の人格ではなく、出来上がった作品だけだからだ。

だが一般のお客さんは違う。顧客満足度を上げるためには作品以外、すなわち宣伝期間や方法にも気を配らなければならない。批評家と違ってそういった点での快不快が、彼らの作品評価に直結するのは当然である。だから、あれほどお客さんやファンを馬鹿にした発言を行ったことに対して、当事者たちは猛省すべきである。

そもそも「進撃の巨人」のような別格の人気原作を映画にするからには、その最大の目的は「ファンを楽しませ、喜ばせること」にこそ置くべきなのである。それこそが、そのコンテンツを支えてきた最大の功労者であるファンへの恩返しではないか。

彼らの育てた作品でビジネスをさせていただく以上、映画監督であろうとプロデューサーであろうと奉仕者精神で取り組むのが最低限の礼儀であり、作品愛というものだ。この映画で「炎上騒動」にかかわった人たちには、その意識が欠落している。驕り高ぶっていたといわれても返す言葉がないはずだ。その結果、本気でいいものを作ろうと頑張ったスタッフやキャスト、宣伝マンたちにまで多大な迷惑をかけることになった。

なお私は「炎上ビジネス」なる発想は、消費者を馬鹿にした話だと思っているので断固として受け入れない。よって今回も、騒動のさなかには沈黙を守った。意図したかどうかはともかく、炎上ビジネス化した状況に与する気など、つゆほども無かったからである。

かかわった人たちにとってこの炎上騒動は、高い授業料となったことだろう。だが、ファンやお客さんをコケにするような態度がものづくりをする者にとって論外なのは、日本人としての常識、良識である。それを教訓とするほかはない。

とりあえず樋口真嗣監督においては、まずは東宝が社運をかけた新ゴジラをなんとしても傑作にすべく、全力を注いでいただきたい。と同時に世間の評価などガハハと笑い飛ばす、そんな豪放な大物監督へと成長してほしい。

今回は、いろいろと厳しいことを書いてしまったが、ゴジラが完成した暁には、それが傑作であれば、今回の騒動とはもちろん関係なく、また他のどんな大先生が酷評していようとも、私は一切ブレることなく絶賛することを約束する。

むろん、お前みたいな奴の評価などいらない、お前のいう事は的外れだと強がるのもいい。むしろそのくらいのいきの良さを見せてくれたほうが、SNSの書き込みひとつで右往左往するよりよほど男らしい。ともあれ、まずは前を向いて、誰よりもファンのためにがんばれ。私は心から応援している。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
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