「予告犯」60点(100点満点中)
監督:中村義洋 出演:生田斗真 戸田恵梨香

非現実風味を消せていないが面白い

「予告犯」は今の日本の重大な社会問題であるワーキングプアを扱っている意欲的な社会派エンターテイメント。だが、この問題の重大さをいまいち伝え切れていない点が惜しい一本である。

新聞紙で覆面した男がネットの動画サイトで不気味な予告をした。それはずさんな管理で集団食中毒をおこした食品会社への制裁であった。当初はまったく見向きもされなかったが、その予告通りに会社が炎上し、世間は騒然とする。

「予告犯」は、すばらしいアイデアとストーリーを兼ね備えた、邦画としてはなかなかの一本。

だがディテールの弱さと演出の軽さが、取り扱っている社会問題の現実における重さとつりあっていない。それが最大のマイナス点である。

たとえば、ニコニコ動画を思わせるスクロールコメントや、匿名掲示板の誹謗中傷の数々。こうしたテキストの表現が実に軽い。

邦画はこの手の表現はいまだ「電車男」の焼き直しばかり。人物の背景にへらへらとしたナレーションや顔文字とともに、ポップな字体でコメントが表示される。そんな感じである。

こうした発想のワンパターンをみるたびに頭が痛くなる。日本の映画監督の、ネット世論の映像化はいつもこんなのばっかりだ。まるでダメ、0点である。

彼らには、もっと想像力を働かせてほしいと思う。

本当に弱い人間にとって、あの一文字一文字がどれほどどキツく刺さるものか。匿名の気軽な悪意を、もっと的確に表現する方法はほかにないのか。彼らはつきつめて考えなくてはいけない。この映画のそれは、余りにポップでコメディー映画のそれである。

次に、ここで扱われるワーキングプア問題だが、なんともファンタジーである。はっきり言って、彼らは"連帯できない点"こそが最大の問題なのだから、この映画のように仲間同士で肩寄せあって世の中を騒がすようなストーリーはまずありえない。ありえないウソを本当に見せるということ。まずはそこから物語の構築をスタートさせなくてはならない。

作品のメッセージでもある重要なセリフ「小さくとも人のために人は動く」も、見ていて疑問符がつく。現実には「共感はすれど人は動かず」こそが本質であろう。とくにネットが絡むとそうだ。だからこのセリフには説得力がない、少なくとも説得力を生み出せていない。

ここを「ありうるかも」と思わせてこそ本作は傑作になり得た。じっさい犯人役の生田斗真の演技はすばらしかった。彼はこの映画の中で一人気を吐き、観客の共感を集めまくる功績を見せた。

とくに予告ビデオの中の、魂のこもった言葉の数々。これには聞いていて涙がでよう。こんなきれいな顔の奴に、こんなに力のある声であんな事を言われたら、人は動くかもしれない。これが、映画的説得力というものである。シナリオ・演出面の不足を彼がひとりで補っている。

それに反論する戸田恵梨香の言葉のじつに軽いこと。演技も毎度ながら重さを感じられず、その意味では適材適所といえるのかもしれないが。彼女が言うように、がんばれば何とかなるわけがないのがこの世の中である。そこをきちんと描いていたのは本作の美点といえる。

ほかには腎臓売りのくだりなど、どうもマンガチックでいただけない。このフィクションぽさを、演出側はうまく消してやらねばならなかった。

中村義洋監督はときに光るところもあるのだが、もう少し深刻なドラマをとれる腕を磨けば本当によくなるのにといつも残念に思っている。いい企画が舞い込む監督さんだが、いまだ原作を完全に生かした映画をうみだすにはいたっていない。

と、いろいろと厳しいことを書くようだが、当サイトがこういうことを書くときは、相当この映画を気に入ったという意味でもある。そんな心優しい予告をして、本稿を終える。



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