「ディオールと私」50点(100点満点中)
監督:フレデリック・チェン

ディオールらしからぬ?

第一次大戦の物資不足の中、やっとこさ手に入ったジャージー生地で婦人服を作り、活動する=自立する女のブランドイメージを作り上げたのがココ・シャネル。一方、第二次大戦後に颯爽と登場したクリスチャン・ディオールは、同じ物資不足をふきとばす大量の生地使いのドレスで、対照的なゴージャス世界観を表現した。

「ディオールと私」はそんなディオール謹製のドキュメンタリーだが、スポットライトを当てられたのは裏方のお針子たち。これにまず驚かされる。

通常ファッション映画といえば、ヴォーグの名物編集者だとかモデルやセレブ、そういった人たちのインタビューで彩られる。ところがこれは、裏で縫っている、洋服を作っている人の証言、ドキュメントだ。絢爛豪華なディオールが、こういう裏方の地味なドキュメンタリーを作る。こんな泥臭いイメージをつけてしまっていいのか?!

てな私の心配をよそに、ディオールのブランドストーリーを受け継ぐ新デザイナー、ラフ・シモンズの紹介から映画は始まる。彼に与えられた時間はパリコレまでの8週間。わずかそれだけの期間で新しいデザインの服をそろえ、ファッション界に新ディオールを誇示しなくてはならない。

その、一見無謀な挑戦を支えるのが、彼らディオールの誇る職人集団である。といっても見た目はでっぷりしたオバサンだったりするわけだが、この、普段は表にでてこない人たちのてんやわんや、文字通り舞台裏は、ファッション好きなら楽しく見られるところ。

明日までにやり直し、なんて無茶ぶりは日常茶飯事。だが全員で縫いなおすときも悲壮感などはなく、プロとしての当然の仕事だとこなしていく。緊張感はあれどなごやかな、アットホームな一面があるのもおもしろい。

画面から伝わってくるのは、指示を完璧にこなす熟練の技と、「よいものを作る」という唯一無二な大目標を全員が共有している圧倒的なプロ意識。

つまり、ここには「雇われ人」はひとりもいない。それぞれがすぐれた才能、一人工房みたいなものであり、その集合体がディオールなのだと、そういっている。

クライマックスのショーはスローモーションを多用して演出。あのでっぷりおばさんたちが見違えるように着飾って隅っこから眺めている。そのまなざしにはぐっとくるものがある。

いろいろとトラブルや衝突があった。だがこれを見よ。なんと美しい服飾のきわみ、そして飾られた会場の完成度の高さよ。

美に圧倒されることは人間にとってかように心地よいものである。これだから、ファッション映画はどれもすばらしい。

上映時間の割にネタ量が少な目なのと、ちょいと単調になりがちな演出の稚拙さのせいで退屈なところがあるのが問題だが、このクライマックスの喜びだけは捨てがたい。

ディオールの世界
ディオールを好き、とか若い子がいうとなんとなく恰好いい気がする。


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