「ミルカ」65点(100点満点中)
監督:ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ 出演:ファルハーン・アクタル ソーナム・カプール

陸上短距離エンタテイメント、にとどまらない

「ミルカ」は珍しい陸上短距離映画であると同時にインド映画界で高く評価された伝記映画──にして、きわめてタイムリーなテーマも内包する興味深い作品である。

1960年、ローマオリンピック。インド国民の期待を背負ったスプリンター、ミルカ(ファルハーン・アクタル)は、しかしゴール直前に奇妙な狼狽を見せ敗北する。はたしてミルカは何を見たのか、その謎は彼の壮絶な過去にあった……。

宣伝文句にある、ファルハーン・アクタルの体脂肪率5パーセントの肉体はどうやらサバ読みなしのようで、ほれぼれするキレっぷりである。高地トレーニングの場面なども、実際に数千メートルの高地に行って撮影したという。そのうち死人が出るぞインド映画界。

ファルハーン・アクタルは元々映画監督だったのを俳優に転向、その後、ごらんの通りのマッチョマンに変貌したという相当な変わり種である。

走行フォームも実際にミルカ・シン本人から指導を受けただけあって美しい。スピード感あふれる移動撮影も迫力があり、陸上短距離が十分映画の見せ場になることを証明している。

ちなみに、彼が走る400メートルは陸上短距離の中でもっとも過酷といわれているが、それは人間の無酸素運動のエネルギー供給システムであるATP-CP系および乳酸系の枯渇までの制限時間がおよそ40秒間であり、それがこの競技の必要継続時間(世界記録は43秒18)にわずかに足りないからである。

人間は、40秒間以上の全力発揮はできない。日本の国技である相撲も、取り組みによってはそれに近い。40秒間をわずかに超える時間、全パワーを出しきるような、こういう競技はめちゃくちゃキツいのである。経験者なら誰でも知っていることだ。

話がそれたが余談ついでに書いておくと、ここで全面協力をしたミルカ本人はほぼノーギャラ。出演しているある大物俳優もノーギャラ扱いで出演したという。インドの国民的英雄の映画のためということで泣けてくる美談だが、冷静に考えたら大作なんだし普通に払ってやれよという気もしないでもない。

ひとつ注目したいのは、作品の背景にインド・パキスタン分離独立の悲劇が描かれている点。この問題をここまでわかりやすく見せた娯楽映画はこれまでなかっただろうから、これを機に是非見てみてはどうだろう。

これは、現在のインドが独立の過程でパキスタンと分離したときに、異なる宗教の人々を当局が指定した居住地域にむりやり移住、分離させたことが原因で起きた虐殺事件のことだ。この映画では、イスラム教徒に殺されるシク教徒の悲劇が描かれている。

イスラム教徒のみなさんとしては、また俺たちが悪役かよとゲンナリしてしまうかもしれないが、注目すべきはその被害者である主人公の幼なじみがその事件について語る場面である。ここでの台詞の背景にある思想こそが、今の時代にとって重要なメッセージになると感じざるを得ない。

美味しいが貴重なミルクを「誰が飲んでも同じことだ」と語るこの考え方。現実のインド、パキスタンの関係はけっしてそのような理想通りとはいかなかったものの、大事な問題提起としてこの映画は伝えようとしている。

とくに、六芒星の前で勇ましい事を言うのが趣味の人などにとっては、この映画は大変良い教育効果を発揮すると思われる。本映画の宣伝会社のスタッフに対しては、劇場鑑賞券を即座に永田町2丁目および渋谷区富ヶ谷に送付するよう、ここに強く命じておく次第である。

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