「ふしぎな岬の物語」35点(100点満点中)
監督:成島出 出演:吉永小百合 阿部寛

吉永小百合以外には無理な企画

吉永小百合自身が製作に名を連ね、初めて企画者としてかかわって作られた「ふしぎな岬の物語」は、なるほど彼女以外には誰も演じられない映画であった。

岬の突端にある岬カフェは、店主の柏木悦子(吉永小百合)がいれるおいしいコーヒーが評判であった。毎日のように通うタニさん(笑福亭鶴瓶)や、甥っ子の浩司(阿部寛)など、彼女を愛する仲間たちに囲まれ穏やかな日々が続いていた。そんなある日、長年音沙汰がなかった常連客の娘みどり(竹内結子)が突然戻り、このカフェにもさざ波のような変化が訪れる。

老若男女、それこそ甥っ子から常連客、はたまた偶然入った強盗に至るまで、吉永演じる女店主に対面すると一瞬で魅了され、骨抜きにされてしまう。そんなあらゆる訪問客と吉永小百合ママとの、心温まる交流のドラマである。

ようするにここはサユリストの村というわけだが、60を超えてからも9歳の娘のいる役を軽々とこなしてきた吉永にしてみれば、この程度の奇跡はお手の物。たしかにどんな極悪人だろうが、ほほえむ彼女に下の名前で呼ばれたら、頭を下げるほかはあるまい。日本の誇る、最後の清純派女優の前には全男性が無力である。

そういうコンセプトの映画だから、これはサユリストがみたら最高の物語。岬カフェは彼らのパラダイス、あるいは理想郷ということになろう。

ネタ的視点でいえばそんなところだが、正直な話、そんなものは観客の勝手な解釈であり、もちろん狙ってやったわけではあるまい。大物俳優そろい踏みの、ちょっと以上では決してないちょっといい話の連続である本作であるが、そこにはちゃんとしたテーマがある。

それはこの話が、「ちょっぴりずつ失いゆく物語」であるということ。主人公が大切にしている数々のものは、欠けてしまったり、なくなったり、あげてしまったりと、この映画では繰り返し象徴的にそのテーマを表現するために使われる。それはあたかも、人生のようでもある。

そして、少しずつ失い最後にすべてを失ったヒロインはどうなるのか。そこに、企画者でもある吉永イズムが表現されているわけである。それがモントリオール映画祭の審査員の心をつかんだのか。

あるいは、彼らも単にサユリストだったのか。ここの村人になりたかっただけなのか。それは私にはわからない。

虹の岬の喫茶店 (幻冬舎文庫)
原作。この物語は千葉県に実在するお店がモデルになっています。多数の原作候補から吉永さんが選んだとか。


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