「ジャージー・ボーイズ」85点(100点満点中)
監督:クリント・イーストウッド 出演:ジョン・ロイド・ヤング エリック・バーゲン

天才が天才を描く

この映画の監督クリント・イーストウッドの息子カイル・イーストウッドは9月、東京ブルーノート公演のため来日した。時計を見て、まだ開演までは随分あるなと赤ワインを堪能していた私だが、そこに突然カイル本人がのそのそとやってきて、何やら機材の調整を始めたので驚いた。そんなことはスタッフにでもやらせておけばいいのに、しゃがみこんで当たり前のように自分でごそごそやっている。食事をしている観客の多くは気づいてもいない。

映画「ジャージー・ボーイズ」の音楽にも関わったこの父親似のアーティストの気取らない姿と、一世を風靡したバンド。フォー・シーズンズの共感あふれる舞台裏を描いた映画のシーンが、そのとき思わず頭の中で重なった。

ニュージャージーのヴェルビルという町は貧しく、外に出ていくには事実上、音楽で成功するほかない。チンピラのトミー(ヴィンセント・ピアッツァ)もそれを夢見る一人だったが、彼の前にすばらしい声を持つフランキー(ジョン・ロイド・ヤング)が現れる。さらにボブ・ゴーディオ(エリック・バーゲン)なる若きシンガーソングライターのメロディを得て、ついに彼らの運命は動き始める。

およそ音楽映画だとかミュージカルというものは、万人向けにはなりがたいジャンルである。フォー・シーズンズにしても、たしかにその楽曲は老若男女誰もが耳にしたことがあるとは思うが、わざわざその半生を見に行きたいと思う人は相当コアなファンだけだろう。

そのファン層にしたところで、ウィキペディア全盛のこの時代、彼らを驚かせる裏話を書くのは難しいし、どう構成するかは脚本家たちを悩ませるところだ。

またボーカルのフランキー・ヴァリはいまだ現役とはいえ、年齢を考えれば映画では別人が歌わざるを得ないわけで、あの独特の歌唱法の再現など難所も多い。

だが、クリント・イーストウッド監督はそのすべてのハードルをクリヤーし、誰もが楽しめる退屈知らずな、かつ見応えのある伝記映画に仕立てあげた。ここでいう「誰も」の中には、何の脈絡もなく歌い始めるミュージカル独特の演出が苦手な人や、オリジナルの歌声以外認めないぞ、というかたくななファンも含まれる。

フランキー・ヴァリを演じるのは原作のブロードウェイミュージカル版とおなじくジョン・ロイド・ヤングで、裏声を高らかに響かせる歌唱法も声質もヴァリそっくり。

監督の物語進行も的確極まりなく、ドラマから音楽シーンへのなめらかな移行、こちらにキャストが話しかけてくる遊び心ある演出、コメディから一転してシリアスな見せ場をおりまぜ、しかしだらだらと悲しみを引っ張らない。どこをどう見ても文句なし、である。

これはもはや、その場の観客のノリに合わせて優れたアドリブを織り交ぜる一流のジャズミュージシャンの演奏そのものといった演出の妙である。イーストウッドは音楽に造詣が深い監督で知られるが、この映画自体が優れたライブショーのようだといって差し支えない。

最大の見せ場となるのは、やはりなんといっても「君の瞳に恋してる」。言わずと知れた、多くのミュージシャンがカバーし続けている名ラブソングである──と、私はこの映画を見るまで思っていたのだが……。

はたしてこの素晴らしいメロディと歌詞はいったい何のために、いつ、誰によって作られたものなのか。「君」とはいったい誰のことなのか。なぜフランキー・ヴァリはファルセットを一切使わずにこの歌を歌いあげたのか。

その意外な真実が明らかになるとき、ああこの映画を見てよかったなあと、皆さんもきっと心から思えることだろう。これぞまさにオヤジたちのアナ雪。今年の、少なくとも音楽系映画の中では、絶対にこれ以上のものは出てこない。そう確信できる、イーストウッド会心の佳作である。



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