「her/世界でひとつの彼女」70点(100点満点中)
監督:スパイク・ジョーンズ 出演:ホアキン・フェニックス エイミー・アダムス

OSと恋をする男の物語

「her/世界でひとつの彼女」で描かれる近未来社会の様子を見ると、町を歩く誰もが音声入力でスマホに話しかけている。その独り言社会は不気味にすら感じられる。だがよく考えてみたら、現在の東京メトロの車内と、それほどの差はないかもしれない。そんなことに気づくと、いささかの戸惑いと不思議な感覚を感じる。

近未来のロサンゼルス。セオドア(ホアキン・フェニックス)は、ロマンチックな文面を得意とする電子メール代筆業者のライター。彼はあるとき新型OS=基本ソフトを購入、インストールする。サマンサ(声:スカーレット・ヨハンソン)と名乗るそのOSは、高度な人工知能であり、やがて彼らはコンピュータと人間の枠を超え、かけがえのない話し相手となっていく。

iPhoneの音声入力システムSiriにエロ会話を持ちかけて、サディスティックに叱られてばかりの私からすると、この映画の設定は大変興味深い。サマンサとのネーミングもたぶんにMACファンを意識したもので、中でもiPhoneユーザーは「現在の延長線上にある世界」だと、受け入れやすい世界観だろう。

こうした「ありえる」近未来社会を、スマートフォンを介した会話型OSに特化して描いた本作はユニークな視点を持っており、それじたいを見所というのも簡単である。

だが、すぐれたSFとは常に現在をうつす鏡のようになっているもの。ではこの設定が、いったいなにを暗喩しているのか考えてみる。

すると、劇中のサマンサの台詞「宇宙からみれば私たち二人は同じ物質よ」が印象に残る。コンピュータとの恋に躊躇する男に対して、こいつはなかなか粋な口説き文句である。スカヨハのかすれた声でこれをいわれたら、巨乳好きの全男が2秒で陥落間違いなしであろう。むろん、私はその中には含まれていない。断じてだ。

それはともかく、なるほど、OSと人間などといってはいるが、要するにこの極端なストーリーは、そのじつ普通の男女がたどる物語そのもの。その行く末も極端すぎて笑えるが、多かれ少なかれアナタたちも似た体験があるだろうと、そういうことである。

とくに別れた女にメールを打って、その名文に酔いしれているシーンなどは、多くの男性に経験があるのではないだろうか。別に某国政府の高官のことを書いているわけではない。念のため。

だが、CIA長官でなくても、こうした「恋は盲目」的な格好悪さ、キモさというものは誰しも、それこそ女性にだってあるのである。

映画だから極端にしているだけで、誰だって全盛期には恋人をばっちりコントロールしていると思い込んでいたりする。だがそのじつ、依存しているのは自分の側だったりする。よくある話である。たんに、片方がOSというだけだ。

これがもし日本アニメだったら、その本質的な気恥ずかしさを平気でハッピーエンディングにして、映画をとりかえしのつかないキモイ物質にしてしまうわけだがそこはさすがアメリカ映画。

スパイク・ジョーンズ監督には、ある程度の突き放した冷静さがあるから、本作もいい感じにビターな後味を残してくれる。

優秀な7かと思っていたら、じつはmeだった。そんなちょっとしたショック(いや絶望か)を、特に男性なら容易に読み取ることができる。その切なさが、この映画を忘れがたいものにしている。なかなか面白い。



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