「収容病棟」60点(100点満点中)
監督:ワン・ビン

やや長すぎる

中国は広大な内陸国家でかつ多民族国家であるから、気を抜くとすぐに内戦が起き分裂してしまう。だからそのリーダーは、のんきに民主主義などいっていられないとの事情がある。独裁国家などといわれようが、ぬるい態度では足下をすくわれ、よりひどい状況になるのだから仕方がないと、そういうわけだ。

貧しい雲南省の精神病院・隔離病棟では、200人以上もの人間が暮らしている。その多くはもちろん正当な病名がつけられているが、中には政府の意向に逆らったものも含まれているようだ。ワン・ビン監督はこの病院から撮影許可を得ることに成功、遠慮なく彼らの生活の中心に入り込み、その実態を記録し始める……。

ワン・ビンという監督は、こうした中国共産党の統治方法について、中国にいながらにして厳しい批判を投げ続けている映画監督である。だが彼は先述の事情をよく知っているから、けっしてストレートな批判はしない。中国内でそんなことをすれば、本気で命が危ない。だから芸術映画のごとき退屈でわかりにくい作風の中に、ちらりとその片鱗を伺わせるにとどめる。それでも中国内部からの情報発信は貴重で、かけがえがないものである。

さて、そんな彼が今回世界に発信するのは題名通り「収容病棟」。ここに堂々と入り込み、入院患者に寄り添い、そのすべてをドキュメンタリーとして記録、発信する。その手腕たるやまるで忍者。よくぞこんなところに潜入し、撮ることが許されたものだと驚くほかはない。

映画は、覚えられもしない患者名がその都度テロップにでるくせに、彼らの日常風景については何の説明もなし。だらだらと映されるだけなのでその詳細はさっぱりわからないが、それでも患者たちの行動はものすごい。

例えば、ベッドから起きたかと思うとその上に立ち上がり、枕元にある洗面器に排尿を始める男。

いったい彼はなぜそこにするのか、それがトイレなのか? そもそもどうしてそんな高低差のある場所で排尿をして周囲にしずくをまき散らすのか、せめて床に降りてしゃがんでやったらどうなのか……。

などとむなしい想像がわきあがるシーンが続出する。

ほかにも、なぜか全裸で壁にモノをこすりつけてる男とか、そのまま隣人と抱き合ってベッドに入っている二人とか、脱ぎ系シュールネタは数多い。これがたとえば佐々木希が同じ事をしてくれるなら10時間見続けても苦痛はないが、意味不明な言語と糞尿をまき散らす知的障がい者(なのかロボトミー手術の被害者なのか、拷問で狂った法輪功関係者なのか、私には判別つかない)なのだから、上映時間約4時間というのは相当にきつい。みる側も、かなりの覚悟が必要である。

それにしても、もし日本ならば廃屋にしか思えない劣悪な施設である。壁はむき出しのコンクリート、室内は薄暗く、おそらく耐震性も衛生環境も最悪だろう。せめて壁紙を、いやせめて塗装を……と思うものの、あまり清潔には見えないリネン類をみると、ほとんど絶望的な気持ちになる。

そんなリアル狂人ワンダーランドに圧倒されていると、ときおりおやっと思わせる社会批判がかいまみえる時がある。そうした、ほんのわずかな「狂っていない人」のコメントも、それを聞けば中共政府に疑問を持つようになっている。

とはいえ、ワンダーランド部分のボリューム感にくらべそうした中国批判のメッセージが著しく少なく、今回ばかりはさすがにバランスが悪い。この監督に何を求めているかにもよるが、個人的には満足感が少ない。

取材力は満点だし、素材もレア感があるものの、ワン・ビン監督の新作としてはもう一声ほしい、と思うところだ。



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