「渇き。」65点(100点満点中)
監督:中島哲也 出演:役所広司 小松菜奈
中島映画のハードルは高い
超話題作「進撃の巨人」の監督に決まったとのニュースは、この監督自身が原作にこだわりがあるということもあり大変な期待感とともに一瞬で日本中をかけ巡った。
ところがやんごとなき事情により降板し、彼は「渇き。」を作った。中島映画というただでさえ高いハードルを、「進撃の巨人」という幻のビッグタイトルがさらに上げてしまったのが、本作の不幸である。
娘・加奈子(小松菜奈)が失踪したとの知らせを別れた妻から知らされた元刑事の藤島(役所広司)。警察とは別に、独自の捜査を開始した彼が徐々に知ることになるのは、思い込んでいたものとはまるで異なる異様な娘の私生活であった。そのいらつきは、やがて暴力的な藤島の本質をも呼び起こす。そして失踪事件の真相に近づくにつれ、彼自身もその深い闇へとはまり込んでゆく。
さすがのストーリーテリングとキャラクター造形、そして役所広司の演技力によって、たいへん先が気になる面白いミステリとなっている。時系列を操作して目くらましに使う構成など、テクニカルではっとさせる。
また、「研究会」と称して様々な映像表現の研究をしたそうだが、その成果もちらほらとみられる。交通事故シーンや唐突な射撃場面、シーンごとに色まで違う血糊、生々しいレイプシーンなどがそれにあたる。
どれもこれも平均を大きく上回る──のは確かだが、本作の進撃はそこまでだ。
監督も役者も確かにうまい。だが過去作品に比べて成長や驚きがあるかといえば微妙なところ。手持ちのテクニック総動員でなんとか形にしたという印象で、それでもよくできているのだが、中島哲也監督の新作ともなれば正直ものたりない。
「研究会」の成果も、どれか一つでも世界最高を思わせるレベルのものがあれば良かったが、そこまでは至らず。
そもそも話の骨格じたい、狂った若い女が周りの人生をぶちこわしていく既視感たっぷりなもの。冒頭の役所のセリフから、テーマが古典的ということがわかるものの、それならば新しい切り口なりが見たいところ。
なにしろ昨今はお世辞にもスリムとはいえない自称名器な女性が、幾多の男の人生を壊しているご時世。そんな素っ頓狂な時代に、こいつはあまりにクラシックすぎる。せめて悪のヒロインがなぜ狂ったのか、そこがわからぬ鑑賞後感に、もっと徹底した不気味さを醸し出させることができていれば良かったのだが。
けっして悪くはない、むしろよくできている。だが、いい監督は過去の自作と常に対決させられるジレンマを抱えている。この監督ほどの才能でさえ、全勝は難しい。