「春を背負って」70点(100点満点中)
監督:木村大作 出演:松山ケンイチ 蒼井優

中高年が楽しめるいい映画

笹本稜平による原作と同じではあるのだが、この題名は秀逸である。見終わってから真の意味が分かるあたりは優れたミステリのそれをほうふつとさせるが、それが感動につながる点が実に映画的である。

父(小林薫)の急死を受けて山小屋を継ぐことに決めた息子の亨(松山ケンイチ)。だが、都会で金融マンをしていた彼にとって、山小屋の経営は簡単なものではなかった。だが、父の親友ゴロさん(豊川悦司)や従業員の愛(蒼井優)の助けで、徐々に独り立ちしてゆく。期間は短いが、長くドラマに満ちた山小屋の一年が、今始まった。

この映画が、山登りと人生を重ね合わせているのは明らかだ。

山では、すべての荷物は自分で背負わなければいけない。男の人生も同じだ。成長すれば背負える量は増えるが、それでも限界はある。そしていつかは衰え、背負えなくなる……。何かの間違いで、ブランドものと海外旅行が大好きな奥様なんぞを背負った日には、あっという間にその日がやってくる。それが男の一生というもの、である。

「たばこと同じ、煙になってからその真価が分かる」など、共感できる名セリフ満載の本作は、そんなわけで中年男性にこそすすめたい味のあるドラマ。

まずは陰の主役といってもいいゴロ役、豊川悦司の名演が光る。楽天的な男の果てしない悲しみと孤独がかいま見える、自分の運命についてどうするかを訴える場面は、号泣必死の見せ場といえる。

一方松山ケンイチは、いき馬の目を抜く金融業界にいたようには見えないものの、都会でひ弱になってしまった男が山で人生のブランクを埋めていく姿をうまく演じている。

一方、わけあり女を演じる蒼井優は、相変わらずの大味な演技で物足りない。この人の表情はいつも100か0かという印象で、とくに笑いすぎるきらいがあっていつも浮いている。もう少し抑えてほしいところ。

毒舌で知られるベテラン・木村大作監督は、「最近はいい映画を作っても儲かりゃしない」とギョーカイを自虐的に皮肉って試写会場の我々を笑わせてくれたがなかなかどうして。興収26億円の前作に引けを取らない、本作も実にいい映画だ。

名カメラマンとしても知られる監督は、空撮ばかりで単調になりがちな山岳映画の弱点を、おそらくよく承知しているのだろう。あくまで自分で登った上で、ゼロ距離から撮影する。そこにこだわるスタイルは、たとえ素人がみても幾多の類似した海外作品とはまったく味わいが違う、きわめて優れた、そして日本的な映像美であることが実感できるはずだ。



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