「ノア 約束の舟」70点(100点満点中)
監督:ダーレン・アロノフスキー 出演:ラッセル・クロウ ジェニファー・コネリー

これを理解できるのは、案外日本人かもしれない

聖書原理主義者がイスから転げ落ちるほど仰天し、イスラム諸国では上映中止にまでなった「ノア 約束の舟」は、なるほど、ただの聖書映画では全くなかった。

神からのお告げを、神が人類をほろぼす予兆と解釈した預言者ノア(ラッセル・クロウ)。彼は祖父(アンソニー・ホプキンス)や堕天使の力を借りて、一家総出で洪水対策の巨大な箱舟建設に乗り出す。だがそれを見たカイン(レイ・ウィンストン)は、手下とともに箱舟を奪取して自分たちこそが生き延びようとはかっていた……。

「ブラック・スワン」(2010)や「レクイエム・フォー・ドリーム」(2000)のダーレン・アロノフスキー監督作品だから、もとより単なる宗教映画やノー天気パニック超大作になるわけはない。

では「ノア 約束の舟」はどんな映画かというと、この監督らしい突き放したクールな視点による、ノアの大洪水伝説の新解釈、である。パニックやアクションなど娯楽要素もかなり強い。

いや、厳密には新解釈というよりも、どこか非現実的な寓話にすぎないあの話を現実に持ってくると、じつはこんな風になるんですよと、そういうことをやっている。

これまで現実を寓話的に描いてきたダーレン・アロノフスキーが、ようはその逆をやっている。映画作家としてはユニークなチャレンジといえるだろう。

そんなわけでこの映画の真の見所は、意外なことに箱船づくりやそれがみまわれる終末の日の大スペクタクルではない。すべてが滅んだその後、すなわち水没した世界にぽつんと箱船が浮かんでからが実は本番なのである。

ノアが、この時点では神の言葉をどう解釈しているか。そこがまずはポイントだ。私たちの知るノアの洪水伝説とは、人間社会が乱れてきたからいったんガラガラポンをして、でもひとつがいずつ生物を温存してみんなで一からやり直そうと、そういう風に解釈している。

ところが本作のノアは、全く違った事を考えていたのである。なるほど、聖書を読んだだけでは思いも寄らなかったが、実際に実写で、順を追ってこの話をみてみると、確かにこういう風に彼が考えるのも無理はない。ノアがなぜやけ酒で泥酔してしまうのか。それも納得の流れである。

考えてみれば神のお告げなどというのもあいまいである。なにしろお告げといっても、空が光ったとか星が現れたとか夢に見たとかその程度の話。天からヤハウェさんが降りてきて、パワーポイントで今後の予定を解説してくれるわけではないから、どうしたって誤解はおきる。起きざるを得ない。

預言者は徳の高い人だからすべてを一瞬で理解するはずだ、などというのは単なる思いこみにすぎないと、まあそういうわけだが、これでは熱心なクリスチャンが怒り出すのも当然である。

だが、一般の観客としてはむしろこういう大胆さが面白い。

方舟をハイジャックしようとするワル人間のリーダー、カインにしても、ノアとはたしてどちらが正しいといえるのか、観客は迷い翻弄されるだろう。そもそも、戦う二人のどちらが勝った(生き残った)として、超長期的な未来に違いなどあるのか?

そんなことを考え出すと、この映画の深みがわかってくる。神様からみれば人間などとるに足らない。偉人も悪党もどんぐりのせいくらべ、というキリスト教圏の根本思想である。

文字通り神をも恐れぬ、突き放した視点による神話の映像化。そのすべてを偏見なく堪能できるのは、意外にも日本人かも知れないと私は考える。

監督はかつてデビュー作「π」(1997)を日本のオタク層にむけて作ったと公言するくらいの親日派。本作についても、「大好きな日本人にこそ一番みてほしい」などと調子のいいことを来日時にいっていた。だがことによると、あれも単なるリップサービス以上の思いがあったのかも知れない。

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監督の代表作。面白い。怖い。
ネオ・パラダイムASKA ノアの大洪水と氷天体「月」接近の謎: 1 (月刊ムー特別編集)
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