「LIFE!」85点(100点満点中)
監督:ベン・スティラー 出演:ベン・スティラー クリステン・ウィグ

ビジネスオリエンテーリング

娯楽要素が強く賞うけはしないかもしれないが、ことによると今年一番観客から愛される映画は「LIFE!」かもしれない。

雑誌「LIFE」の写真管理部員ウォルター(ベン・スティラー)は、引っ込み思案の小心者だったが、いつも妄想の中ではヒーロー的存在にあこがれていた。ネット時代の運命か、長年勤めたこの雑誌も休刊が迫るが、肝心の最終号に使用する表紙のネガが紛失していることに気付く。急ぎカメラマンのショーン(ショーン・ペン)に連絡を取ろうとするが、世界を飛び回る彼は捕まらない。やむなくウォルターは、行ったこともない秘境へと単身飛び出すことに。

人は旅で変わると言われるが、「LIFE!」は必ずしもそういうことを語っていない。少年時代の忘れられた趣味であるスケボー技術に救われる展開にしても、彼が元々持っていた経験、スキルであり、旅はそれの価値に気づかせただけのわき役である。

そもそも「旅行によって自分が変わる」などというのは女性的ファンタジーであり、仕事に前向きに打ち込む男にそうした発想はあまりない。この映画は、その点を理解しているところが骨太でとてもいい。たかが旅ひとつで大人の男の人生が影響を受けることなど、そうあるはずがないのである。

だから、あれだけの冒険旅行を経た主人公のその後の人生を示唆するラストシーンも、すばらしいバランス感覚で好感が持てる。このくらいに留めたほうが観客に「俺の生活や人生も変わるかも」と思わせてくれる。やりすぎ脚本ばかりが目につく昨今、そうしたきっかけになりうる映画はそうおおくない。

妄想シーンはどれもこれもアメコミアクション顔負けのクオリティで、そうしたシーン単位で楽しませつつ、ショーンの行き先をおいかけるアドベンチャー要素、推理要素、そして恋愛要素と飽きさせない。

なによりテンポがすこぶるよい。グリーランドを皮切りに、各地の景色もすばらしい。どれもこれも、現実逃避をしたい女たちではなく、働く男たちの胸が躍るロケーションばかりである。この映画のロケハン担当は実にいい仕事をした。

伝統ある雑誌がネットに押されて休刊、というストーリーについて、紙媒体の限界と縮小は以前より言われているが、その価値は多くの人が認めるところ。この映画はその意味で非常に現代的な題材も取り入れている。

出会う人々の気持ちよさ、ここに出てくるどこの誰を見ても、見習うべき点を見つけられる。泥酔しているパイロットでさえ、そうだ。皆いい生き方をしていると感じられるから、この映画は本当に見ていて気持ちがいい。

この世界には、まっとうな人間たちがたくさんいる。あなたと同じように。

それだけでもどこか勇気づけられるし、多様性を肯定する気持ちにもなれる。きっと多くの人、とくに男性に愛される作品として本作は名を残すだろう。



連絡は前田有一(webmaster@maeda-y.com 映画批評家)まで
©2003 by Yuichi Maeda. All rights reserved.