「WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜」70点(100点満点中)
監督:矢口史靖出演:染谷将太 長澤まさみ
軽快なお仕事ムービー
実はこれ、製作のかなり初期から私のところに映画化の詳しい情報は入ってきていたのだが、恥ずかしながら電話で何度タイトルを聞いても、原作を未読だった私にはまったく聞き取れなかった。いまでも「かむさりなあなあにちじょう」なんてタイトルは原作を知らない人への訴求力という点で、どうにかならなかったのかと思うものの、なかなかどうして中身はいいのでどうか少しだけ興味を持ってほしい。
高卒後の進路が決まらない勇気(染谷将太)は、パンフレットの表紙美女(長澤まさみ)に惹かれ、何の予備知識もないまま1年間の林業研修プログラムに参加することにした。だが現地は想像をはるかにこえる僻地であり、おまけに待ち受けていたのは美女ではなくまるで野生動物のように野蛮でこわもての先輩ヨキ(伊藤英明)であった。
矢口史靖監督には「ハッピーフライト」(08年)という傑作があるが、その経験が本作にはきっと役にたったろう。なにしろ三浦しをんのベストセラー原作『神去なあなあ日常』の魅力は、林業という、とくに都市生活者にとってはまったくなじみのない職業を、ディテール豊かに、魅力たっぷりに描いたものだから。「ハッピーフライト」で、誰よりも上手にお仕事ムービーを撮る実力をみせつけた矢口監督以上に、あの難しい原作を映画化できる人はいないと、誰でも思うはずだ。
実際彼が上手かったのは、この映画を見る観客がほとんど林業について無知だろうと的確に見抜いたうえで、しかし林業はアナタたちの生活に非常に密接に関わっているんですよと、その部分を忘れずに伝えたことだ。これは原作のコンセプトをさらに進めた、映画ならではの独自色である。
具体的には、いったん山を離れた勇気少年が、ある場所の香りを契機に山を思い出す場面。映画館に臭いなどないが、このとき観客すべてが主人公と同じ香りを体験することになるはずだ。
このほか、バーベキューの場面と、それに続く祭りの打ち合わせの感動的なやりとりも、このコンセプトの補強の意味合いを持って設置されている。こうしたおかげで私たち都市生活者も、林業に親近感を持つことができる仕組みだ。
ほかにも手に付いた米粒の描写など、切れのいい伏線も多数。ある人物とのハグの場面も、一切のおちゃらけを交えずにシリアスに演出したのは的確であり、大いに涙を誘われるものがあった。
ただそれでも「ハッピーフライト」より濃密な人間ドラマをやらねばならない分、お仕事ムービーとしてのトリビア的なおもしろさはやや削られた。もっともっとこの仕事の魅力、意外な裏話を映画でも見せてほしかったが、それは贅沢というものか。
役者ではヨキ役の伊藤英明が、野生児キャラクターを原作のイメージ通りに好演。素っ頓狂ではあるものの、ぎりぎり現実感を失わない範疇ではっちゃけるにとどめた役作りが絶妙である。下手をすると興ざめしかねない、原作最大の懸念がこのキャラであったが安心してみられる。
一方ヒロインの長澤は、今回あまり役者として成長が見られない。いわゆるツンデレのヒロインなのだが、この手のキャラはツンの段階からすでにチャーミングな部分を観客に見せねばならない。彼女の演技からは、その絶妙なニュアンスが抜けている。具体的には、もう少し観客の共感を集める笑い方のバリエーションを研究したほうがいい。
彼女が演じる石井直紀は、一見気が強く見えるが、その背景としてある事情による猛烈な劣等感が存在する。その点こそが人間味というものであり、観客の共感集める要素なのだから、もっと大切にしてほしいところなのだが。
伊藤英明と、その妻役・優香の濃密すぎるキスシーンや、夜の営みなど下ネタギャグがいくつか飛び出てくる点だけ気を付ける必要があるが、子供たちにも見てほしい楽しい感動作。
この映画を契機に林業に進みたくなる若者が増えれば、日本の美しい森もまた安泰というものである。