「プリズナーズ」80点(100点満点中)
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 出演:ヒュー・ジャックマン ジェイク・ギレンホール

お父さんの選択肢

子を持つ親にとって、誘拐犯罪ほど恐ろしいものはない。デパートでわが子が迷子になっただけでも胃が痛むような苦しみと恐怖にとらわれるのが親というもの。まして誘拐確定となった日には、いかな強靱な男といえど、ただではすまない。

感謝祭のパーティーのさなか、ケラー(ヒュー・ジャックマン)の幼い娘が失踪する。ロキ刑事(ジェイク・ギレンホール)はそれなりに優秀な男で即座に容疑者(ポール・ダノ)を拘束、取り調べるが、警察はあろうことか証拠不十分で男を釈放してしまうのだった。

「プリズナーズ」は、愛する娘の誘拐を前に、普通の父親に何ができるのかを考えさせられるサスペンスドラマ。

主人公は、オープニングの鹿撃ちの場面でわかるように危機意識が高く、肉体的にも強いパワフルなお父さんである。見た目がウルヴァリンなのだから当然だが、そんな男でもあっけなく幼女連れ去り事件を許してしまう展開が、まず観客を打ちのめす。

アメリカにおける性犯罪者数はもとより異常レベルであるし、これはどう考えてももう無理だと、見ているこちらの心が折れかける。だが、主人公は決してあきらめない。

それでも「96時間」(08年、仏)のスーパーパパのように特殊部隊でもなければアクション映画でもない本作のお父さんにできることは少ない。その冷酷な事実が緊張感と、根元的な恐怖を引き起こす。これは最悪の結末も有りうる映画だと、最初から感じさせる冷たいタッチがたまらない。

さて、ここでお父さんはどうするか。なんと彼は、容疑者を監禁して拷問するというCIA推奨いや、道義的にも法的にもアウトな禁断の手法をとるのである。

たしかにそれしか手がかりはないのかもしないが、もしこれがあなただったら果たしてできるだろうか。

問題は、警察の捜査ではシロとでた男の有罪をどこまで信じ切れるのか、である。主人公が賢く理性的な男だからこそ、ここで問われる信念と覚悟の重さは相当なものがある。涙を流しながら拷問をつづけるヒュー・ジャックマンの鬼気迫る演技は、本作の重要な見せ場である。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は「灼熱の魂」(2010)などで知られるカナダの気鋭の監督。一般の知名度はまだまだ低いが批評家筋では高評価を得ている。いつも序盤がもたつくきらいはあるが、観客の興味をつかんではなさない筋運びのうまさと、なにより凝りに凝ったラストシーンにはいつも感服させられる。

本作のラストも、お見事!と快哉を叫ぶほどの見事なセンスで、ラストシーン大賞なんてものがあればぜひ差し上げたいところ。

衣装をグレー染料につけて統一感を出した映像、撮影もすばらしい。重要な場面でかならずふりしきる雨の息苦しさも、心憎い演出である。

非常に満足度の高い映画であり、とくに子を持つ親におすすめしたい。きっと没頭してみることができるはずだ。



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