「パンドラの約束」35点(100点満点中)
監督:ロバート・ストーン

反原発から賛成派に転向した人たちの証言集

「二十歳までにリベラルに傾倒しない奴は情熱が足りないが、40歳までに保守主義にならない奴は知能が足りない」といったのは英国のチャーチルだが、実際そうした転向はよくある。だがその逆方向に転向したのは雨宮処凛くらいなもので、あまり見かけたことがない。

物事には、ときにこうした一方通行性があったりするが、原発問題もそのひとつかもしれない。すなわち、推進派や原発技術者などが、その実態を知って反対派に転向することはよくあるが、その逆はいないというものである。

ところが映画「パンドラの約束」には、そのレアケースをはたした人たちが複数登場するから驚きだ。さっそく日本でも「こりゃ珍しい」と話題になっている。

具体的にはまず監督のロバート・ストーンがそのひとり。エコロジーに興味を持つ人間のセオリー通り、あるいは冷戦期の核の恐怖やチェルノブイリ、スリーマイルをみてきた世代の人間にありがちなパターンで、彼は当初原発反対派であった。

ところが09年ごろ、環境保護の映画を作る過程で心変わりする。原発ってクリーンじゃね? 案外よくね? ということでレアな転向を果たし、似た境遇の人たちの証言を集めて「パンドラの約束」を作った。

目の付け所がユニークだし、福島第一原発事故のあとに作られたものだから内容が古びていない点もいい。

ドキュメンタリーとしては監督の立ち位置が明らかな分、多少の感情的な煽りはあるが、全体的にはオーソドックスなつくり。こういう証言集では発言者の素性がなにより重要なので、登場のたびに何度でも肩書きをテロップで出してほしいと思うものの、そこいらへんは不親切である。

さて、肝心の中身について。観客がもっとも気になるのは、元反対派が転向した理由であろう。バリバリの反原発運動家たちをねじふせるなんて、よほどの圧倒的な理論や、私たちの気づいていない重大事実があるのではないか、というわけだ。

そして結論から言うと、実に古典的な原発推進プロパガンダに騙された人たちの展示会であった。

消費者団体の一員として20年も前から反対運動の現場をナマで見てきて、福島の事故後はさらにマスコミ内部の情報と議論を体験した身からすると、アメリカのエコ運動家たちまだこんなレベルのやりとりをしているのかと驚かされた。

おそらくこの映画を見るであろう日本人は、この問題についてそれなりに詳しい人ばかりだろう。だが断言してもいい。この映画で反対派から賛成側に転向する人は、そうした人の中からはまず出てこない。

たとえばある人物のケースでは、原子力の専門家とサシで話したら、あらゆる疑問にすらすらと回答してくれたので感心して考えを変えたという。

なんともまあ人がいいというか、他人を疑うことを知らない正直ものだ。プロパガンダに騙される、まさに鑑のような男である。彼にはポジショントークという言葉を贈りたい。

ちなみに彼ら転向者が語る原発の必要性とは、温暖化ガスである二酸化炭素を出さないから良いというもの。彼らは環境保護運動家であり、温暖化理論至上主義者。なによりもCO2を悪者と考えている。だから、原発のみならずなんと火力発電をすら認めない。そんなラジカルな人たちなのであった。

監督も、反原発映画の古典「チャイナ・シンドローム」(79年、米)を本気で恐がり感情的に反対するヒッピー風の人々をしつこく映して「反対派の知的な未熟さ」を印象づけようと演出面で援護射撃。

だが現実は皮肉である。理性的な原子力の科学者でなく、そんな「無知で未熟な」はずの連中が、不安がってろくに根拠もなく直感で叫んでいたことの方が真実に近かったことが、わが福島で証明されてしまったではないか。ファクトの前では、机上の空論はむなしいだけだ。

バナナの放射性カリウム、グァラパリの高い自然放射線量、原発では一人も死んでない論、チェルノブイリの原子炉は危険なタイプの構造でほかとはちがう……大昔から使い古され、とっくに論破されたプロパガンダを目を輝かせて語る彼らをみていると、だんだん哀れになってくる。

いま日本では原発推進派には3種類あって、ひとつは権力を持った人たちの集団で、原発マフィアなどとよばれる主流派。いい加減な事をテレビで発言して国民を惑わした罪深き御用学者もこのカテゴリに含まれる。

二つ目はこの映画にでてくる、「不都合な真実」派とでもいうべき人たちで、温暖化を理由に原発を進めたがる人。

最後はエア御用とでも呼ぼうか、何の利権にも絡んでいないのに反対派憎しで攻撃を続ける人たちだが、これはこの際どうでもいい。

問題は、火力発電をもディスるほどに極端な推進キャンペーンをやるには、昔から「不都合な真実」派が利用されてきたという事実だ。主流派は、もうそういう突っ込みどころ満載の議論はやりたがらない。自分たちも火力発電でビジネスをしているのだから当然である。推進キャンペーンにも適材適所というものがあるわけだ。

世の中にはいろいろな人がいるから、あまり詳しくない人、とくにこれまで原発事故とは無縁の外国人にはこういう映画に影響される人も多いのだろう。

風向き一つに国の破滅が救われた不幸中の幸いを無視して福島の事故を「最悪の事態だった」などと断じてみたり(そもそもまだ終息もしていないのだが……)、実用化すらされていない次世代原子炉を根拠に放射性廃棄物問題に楽観的な未来を描いてみたり。

そんな理屈でしか成り立たない原発政策がいかに危ういものか、「パンドラの約束」が逆に証明しているとはいえまいか、ロバート・ストーン監督よ。「ぼくたちのりそうのげんしろ」に頼らないとダメって事じゃあないのかい?

そんなわけで、アメリカの原発議論のレベルを知れたことは実に新鮮であった。本記事で触れなかった内容もまだまだあるから、この問題に詳しい人、興味ある人が見れば大いに刺激になるだろう。プロパガンダとしての完成度から見ればこの程度の点数でやむを得ないが、決してつまらないという意味ではない。そんな、話題の一本である。

チャイナ・シンドローム [Blu-ray]
公開した2週間後にスリーマイル島の事故が起こったという、伝説的予言映画。誤解されがちですが本作は燃料棒が中国まで到達するなんて話を本気で語っているのではなくて、原発事故は隠蔽されやすいものであること、そしてそれを痛烈に批判した点が評価されるべき作品です。


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