「それでも夜は明ける」70点(100点満点中)
監督:スティーヴ・マックィーン 出演:キウェテル・イジョフォー マイケル・ファスベンダー

作品賞受賞は当然

昨年の「リンカーン」(スティーヴン・スピルバーグ監督)、「ジャンゴ 繋がれざる者」(クエンティン・タランティーノ監督)を例に挙げるまでもなく、アカデミー賞では奴隷制度の時代を舞台にした映画が根強い人気を持つ。だが、それはあくまでノミネートまでで、オスカーの歴史を調べてみると、実際に受賞した「黒人差別」「奴隷制度」映画はほとんどない。だから「それでも夜は明ける」も当然ノミネートだけだろうと事前に予測していたが、鑑賞後にその思いは一変させられた。今年の作品賞(ただし主演賞と監督賞は逃す)はこれで決まりだと確信した。

ニューヨークで音楽家として成功し、妻子と幸せに暮らす黒人のソロモン(キウェテル・イジョフォー)。ところが興行中、彼は拉致され南部に奴隷として売られてしまう。

あちこちで言われているように、主演キウェテル・イジョフォーの演技はすばらしい。「ダラス・バイヤーズクラブ」の二人には及ばないものの、突然日常から引き離されながら希望を捨てない不屈の主人公の気持ちをよく表現していた。

ただ、今回それ以上に称えたいのはスティーヴ・マックィーン監督の、オスカー向けアピールを念頭に置いた絶妙なる演出力である。

この監督はすでに成功している黒人監督だが、今回は本気でオスカーをとりに来た。名誉欲というよりは、アメリカ合衆国の歴史の闇である奴隷制度と、そろそろ本気で向き合うべきだとの願いがあったためだろう。アカデミー賞受賞となれば、そうしたメッセージが届く範囲は格段に広がる。

だが、白人が過半をしめる投票会員に直球の社会派でぶつかってもそう簡単に受け入れてもらえないのは歴史が証明している。アリバイづくりのノミネート程度はもらえるだろうが、栄えある作品賞には届かない。だが、会員側とていつまでもこうした状況を放置したくはないはずで、きりのいいところ、作品があれば一度このテーマで作品賞をあげたい気分はあるはずだ。

そうした空気の中で監督は、「白人批判でも制度批判でもない」黒人差別映画をひねりだした。「それでも夜は明ける」を見ればよくわかるが、悪役は「白人」ではない。この映画はあくまで「不法に誘拐され、ひどい目にあった男」の話で、一番悪いのは「誘拐犯」である。たまたま白人だったが、コイツは犯罪者だから問題はない。

それより、製作にも名を連ねるブラッド・ピットの演じる役柄こそが大事である。もしこの役柄を黒人がやっていたら、はたして作品賞受賞があったかどうか。

こうしてみると「それでも夜は明ける」は、毎年のように出てくる人種差別問題の映画にそろそろ受賞させにゃあかんねと考えていた白人会員の心に、温かいミルクのようにすんなり受け入れられた事がわかるだろう。

同時に、作品賞とセットになりがちな監督賞や主演賞からあえて外した心理もしれると言うものだ。

そんな今年のアカデミー賞を見ていると、この映画が描く人種差別意識の問題が、今でもアメリカ社会において解決すべきリアルタイムのテーマとして無視できないことがよくわかる。

そして、おそらくすべてを計算ずくの上で見事に作品賞受賞を勝ち取ったスティーヴ・マックィーン監督。その手腕こそ、本来ならば監督賞に値するものだったと評価したい。



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