「ハリケーンアワー」95点(100点満点中)
監督:エリック・ハイセラー 出演:ポール・ウォーカー ジェネシス・ロドリゲス 

ポール・ウォーカー最高傑作

2013年11月、友人のポルシェに同乗していたポール・ウォーカーは、事故後の炎上により40歳の生涯を閉じた。「ハリケーンアワー」はそんな悲運な彼の遺作のひとつである。厳密には撮影中だった「ワイルドスピード」最新作が、代役を立てて完成させるとのことなのでそちらなのだろうが、全編でずっぱりの一人芝居に近い作品であることを考えたら、ファンならこいつを見逃す手はないだろう。

巨大台風カトリーナの直撃を受けたニューオーリンズの病院に、ノーラン・ヘイズ(ポール・ウォーカー)は妊娠中の妻を連れやってきた。早産の子供は助かったが、妻はそのまま帰らぬ人となった。だが生まれた子供も呼吸器の中にいなければ危ない状況。しかし台風の被害は拡大する一方で、病院内はノーラン父娘を残してみな避難してしまう。呼吸器とその中の娘を運べない以上、彼はここから移動はできない。はたして彼らの運命はどうなるのだろうか。

あまりにありえない設定を成立させるために、あえてカトリーナという実在の台風設定にせざるをえなかったということだろうが、これはうまい。あれほどの混乱の中ならば……との思いにより、これほどのムチャ設定を一瞬で納得させてしまう。この段階でモタモタしていると、ワンシチュエーションスリラーというものは一気に瞬発力を失う。

さて、物語はおよそ考えられる最悪の展開となる。赤ちゃん入り人工呼吸器は停電により停止するが、幸いバッテリを積んでいた。ところがこのダメ病院ときたらメンテが行き届いておらず、劣化したバッテリはせいぜい3分間程度しか呼吸器を動かせないほど容量が減少していた。まさに死のメモリー効果。今後はリチウム電池にしておこうとの教訓を得られる。

ここで主人公は機転と強運で手回し式のジェネレーターを探し当てるが、これがこの映画最大のポイント、物語上の制限=足かせとなる。すわなち、3分ごとにここに戻りハンドルをぐるぐる回ししなくては、赤ちゃんが死ぬというルールだ。

3分間でできることなどたかが知れている。だが彼は、その細切れタイムを使って、外部への救助申請やら食糧確保やら、あるいは予想もしない様々な問題に対処しなくてはならないのである。救助ヘリが近くにきたから生存を知らせようと思ったって、階段のぼってそこを往復するだけでタイムアップである。いったいどうすればいいというのか?!

徐々に体力が削られ、消耗していく中、それでも絶対に眠ることはできない。このムリゲー展開、究極のサバイバルゲームに勝ち目はあるのだろうか。

きわめて面白い、リアリティあふれるスリラーである。宣伝チラシの絵柄がなにやら対テロアクションみたいになっているから誤解されがちだが、この静かで地味な作品は、とくに子育て世代にとっては本物の恐怖とスリルが味わえるはずだ。

ポール・ウォーカーの演技も上々で、序盤の妻への別れの場面など、こちらの心をわしづかみにするいい表情をしている。こいつは平凡な男だがだれより愛情深い人間なんだなと分かり、共感できる。それがあるからこそ、スリルも感動も生まれるというものだ。

そして本作には、ただ面白いだけではない深遠なメッセージも含まれている。

3分以内に赤ちゃんのそばに戻り、充電器を回さないと死ぬ。一見極端な状況ではあるが、よくよく考えてみれば、これは実際の子育てと同じだよと言っているのである。

とくに核家族における子育ては、多かれ少なかれ本作と状況は同じだ。母親は赤ん坊のそばを離れることはできず、趣味や仕事、家事はおろかトイレにすら自由に行けはしない。

育ち始めた子供はエクストリーム自殺をしたがる本能があるので、わざわざタバコを食べてみたりパチンコ玉を飲み込んでみたりと想定外の危険行動を示す。とてもではないが、目が離せない。それが24時間、それこそ寝ている間さえ、終わりなく続くのである(実際は成長とともにいつか終わるのだが)。

それでもちょいと目を離したすきに椅子やら台やら抱っこしている自分の腕から落下事故を起こしてしまう若いお母さんは後を絶たない。そんなとき彼女たちは、周囲からのみならず自分自身でも激しく自らを責め立て、孤立する。その孤独感たるや、この映画の主人公と何ら変わるところはない。

ノーランには、ジェネレーターのハンドルを3分おきに回してくれる、ただそれだけを手伝ってくれる人がいさえすれば、すべてが解決といわんばかりの希望となったはずだ。だれか一人でも理解者がいれば、どんな些細な支えでもあれば……。

そして、それこそが全男性が知るべき子育てについての母親の苦労というもの。この絶望的なまでの孤独感こそが、その本質である。この映画はそれを伝える作品なのだが、女性心理を理解できないアメリカの男性映画批評家たちはそんな視点を持つことすらないので、この映画の本国での評価は不当に低い。

主人公には終盤、意外な助けが現れる。その助けによりどんなエンディングを迎えるかに注目だ。この物語が孤独な子育てに奮闘する親たちのそれだとするならば、このラストシーンは彼ら、彼女たちへの力強いメッセージである。

ポール・ウォーカーは最後に本当に素晴らしい作品に恵まれた。交通事故は悲劇そのものだが、彼の役者人生は本作の存在をもって永遠に光り輝く。



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