「旅人は夢を奏でる」55点(100点満点中)
監督:ミカ・カウリスマキ 出演:ヴェサ=マッティ・ロイリ サムリ・エデルマン

不完全な世界で生きている人間たち

男の子には、成長の過程で師匠が必要なのだという。それは父親ではない、外部の人でなくてはならない。だとするならば、父親と息子の距離というものは、人生において一度は必ず離れるということなのか。

ピアニストとして成功したティモ(サムリ・エデルマン)は、しかし代償として家庭を失ってしまった。そこに3歳で生き別れて以来の父親レオ(ヴェサ=マッティ・ロイリ)がいきなり訪ねてくる。会わせたい人物がいると強引にドライブに連れ出すレオに、当初はうんざりするティモだったが、飲んだくれのダメ人間ながら底抜けに明るく前向きなその姿に、徐々に影響を受けていく。

この映画の二人のように、一度は離れた父子が再び近づくのは考えてみれば幸運なことだ。ほとんどは巣立った鳥のように、息子は勝手に遠くに飛んでいくだけ。それを邪魔しないのが粋な父親というもの、というわけだ。

だが、レオのように半ば強引に息子を引っ張り寄せるのも案外いいのかもしれない。たとえティモのように成功していたとしても、それによって失ったものもあろう。そこを埋められたとしたら、これほど幸運な父子関係もないはずだ。

この映画はそんな稀有なる関係と、その幸福感をみせてくれるドラマだが、退屈しないようロードムービー仕立てになっている。茶目っ気たっぷりの父親が、お前にいっておきたい秘密があるからついてこいと、こういう旅の始まりである。

金も職もないダメ人間だから、まずは盗んだ車で走り出す。15の夜も顔負けなそんな二人の旅は、まさに珍道中というもの。距離も時間も離れて凍り付いていた二人の関係は、その課程で縮まっていく。チンケな犯罪者と成功したピアニスト。どう考えても正反対のはずの二人が、いつしかよく似ているように見えてくる。そのあたりの描写がさすがフィンランドの名匠、ミカ・カウリスマキ監督、絶妙である。

結末の唐突感など、全体的に現実感が薄く、没頭しないとやや見づらいつくりではある。フィンランドでは主演の二人は押しも押されぬ大スターなので、キャラクターへの共感は最初から勝ち得ているのでその点は問題ないが、そうでない外国の私たちにとってはマイナスとなる。

人間社会には様々な問題があり、いまだ不完全である。この映画の父親も法的には悪党ということになる。だが、途中登場するある子供が、彼になついているシーンがある。無垢な子供ならではの、人間を見通す目というわけだ。この社会では罪を犯したかもしれないが、このお父さんは根元的な部分で善なのだと思わせる。

人は不完全な世界で生きているが、それでも必ずわかってくれる人はいる。ミカ・カウリスマキ監督の、優しい心温まる語りかけ、だ。



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