「42〜世界を変えた男〜」55点(100点満点中)
監督:ブライアン・ヘルゲランド 出演:チャドウィック・ボーズマン ハリソン・フォード

チェーン店のランチセット

アメリカ映画はいまでも人種差別問題の映画を作り続けている。だがそれを見たからといって、昔はひどかったけど今はよくなったね、と思えないところが一番の皮肉である。

ブルックリン・ドジャースのGMであるブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)は、戦力補強をニグロリーグに求めた。若く、差別に対して強い反抗心をもつタフガイであるジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)を気に入ったリッキーは、さっそくスカウト。だが時代は黒人差別が強く残っていた1947年。MLB初の黒人選手となるジャッキーのまえに立ちはだかる苦難は、予想を超える激しいものであった。

メジャーリーグが白人だけでおこなわれていた時代、史上初の黒人選手として迫害を受けながらも不屈の闘志で乗り切った野球殿堂入りのスター、ジャッキー・ロビンソンの伝記ドラマ。

伝記ドラマとしても、野球映画としても及第点。悪くはないが、期待を上回る何かがあるわけでもない。主人公の受ける差別行為や、それを打ち破ろうとする努力、周囲の変化や支えもすべてが予想の範疇。各人の演技力も平均的で、野球シーンを含めた演出面でもとくに問題なし。

すべて器用にこなしているが、特段の驚きはない。チェーン店レストランのランチセットのような無難な一品である。こういうジャンルを好きな人が見た場合、あなたが好きなその過去作品を上回ることはまずあるまい。

人種差別華やかりし?時代のアメリカを描いているが、黒人はトイレなんかはもちろん白人とは別、一軍選手の主人公ですら試合後のシャワー室では遠慮して最後に浴びる。在特会のスピーチが良識派に見えるくらいの国民総レイシストぶりで、改めてこいつらはアホだなと思わざるを得ない。

そういう時代を反省して、時代の壁を打ち破った功績をリスペクトして、今ではジャッキーの背番号42番を一年に一度、希望するメジャーリーガーたちが勢ぞろいで身につけて登場するという。それをみて、白人たちが感動の涙を流す。立派な伝記映画も作る。まったくもって偽善の塊のような国民性である。

映画で印象的なのは、敵チームの監督の一人で、筋金入りの差別主義者であるチャップマンという男。ジャッキーが打席にたつとひっきりなしに口汚いヤジを飛ばし続けるのだが、よくもまあそんなに悪口の語彙があるものだと、みていて圧倒される。ほとんど芸術的というべき罵倒ぶりで、これには某大手掲示板における悪口スレ住人たちも顔負けであろう。

それにしてもこれをみて思うのは、いまどきこんな分かりやすい悪役は成立しないな、ということだ。たたくべき相手がわかりやすいとの意味では、この頃はまだマシな時代といえなくもない。一方現在は、いったい誰が悪くてこんなろくでもない世の中になっているのか、簡単にはわからない。

本作が語るように、善良な人たちは確かにいつの時代も存在する。だがアメリカ人たちよ、今はあのころより生きにくいと感じちゃいないか? それは敵がわかりにくく、より巧妙になったからではないのか。

バッターボックスに向かって罵倒する男は今はいない。そいつと和解して肩を組んで写真を撮れば問題が解決した時代は過ぎ去った。そんな時代にこういう映画を見ると、過去のひどい時代を描いたはずが、ずいぶんとお気楽な印象を受けてしまうから皮肉だ。

野球映画ながら、試合での見せ場が弱いのも不満が残る。この1球で運命が変わる、的に盛り上がる場面はない。その結果、主人公の選手としてのすごさが伝わりにくいのも惜しい。

その分光っていたのはドラマ面、たとえば二人の初対面のシーン。ハリソン・フォード演じるリッキーがジャッキー・ロビンソンをわざとあおりたて、そこでとても大事なことをいう。それは、多かれ少なかれ社会で生きるものにとっては受け入れなくてはならない、忍耐という名の試練である。

こうした場面をはじめとして、いくつも共感できる、泣ける見せ場がある。このあたりはさすがハリウッドムービー。たとえ安いランチセットでも、十分おなかいっぱいにさせてくれる。

背番号42 メジャー・リーグの遺産 ジャッキー・ロビンソンとアメリカ社会における「人種」
じっくり知りたい人向き。
黒人初の大リーガー―ジャッキー・ロビンソン自伝
自伝もある。


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