「クロニクル」80点(100点満点中)
監督:ジョシュ・トランク 出演:デイン・デハーン アレックス・ラッセル

若者の苦しみが描けている

85年生まれの若いジョシュ・トランク監督による低予算映画ながら、全米初登場1位となった「クロニクル」は、スタイリッシュな映像が見所のSF映画。と同時に、迫真の青春学園ヒエラルキードラマでもある。

高校生のアンドリュー(デイン・デハーン)、マット(アレックス・ラッセル)、スティーヴ(マイケル・B・ジョーダン)は、偶然触れた謎の物質により超能力を身に着ける。スカートめくりや空中アメフトなどたわいもない事に力を使う彼らだったが、その緊張感のなさから大事故を巻き起こしてしまう。その日以来、3人の絆も徐々にひび割れていく。

ビデオ撮りオタクのアンドリュー主人公ということで、いわゆるPOV=主観映像による作品となっている。だが途中から彼も超能力者になるので、遠隔操作も空撮も自由自在。POV映画としてはありえない豊潤なカメラワークを味わえる。と同時に登場人物に寄り添うような映像からは、身近な青春ものとしての味わいもある。

そして低予算といってもそこはアメリカ映画。12億円ほどの製作費があるし、高いVFX技術はいまや基本スキルとして若い映像作家なら誰でももっている。よって見た目は他国なら大作と呼ぶ映画レベル。

それに突飛な超能力アクションは、本作のように日常の中で見せてこそ驚きが増すというものだ。たとえばロード・オブ・ザ・リングの世界で誰かが飛んでも驚かないが、普通の高校生が普通の町の空を飛んだり念力でモノを動かせば、それだけで実感ある驚きとして新鮮味を感じられる。

この映画の場合それに加え、青春ドラマとしての楽しみもある。無敵の能力を身につけた前半のはしゃぎぶりとは打って変わって、その能力に振り回されるショッキングな後半のキャップもいい。徐々に壊れてゆく主人公の心理描写の説得力は、そこらの専門ジャンルよりはるかに優れたものがある。

ヒエラルキー最下層の人間が、何かのバブルで人気者になり、また何かのアクシデントで元に戻ったとする。元に戻ったにすぎないはずが、その時の絶望たるや想像に余りある。そんなとき彼らには、他者の否定以外に自らの幼い精神を守るすべはない。

アンドリューがやがてたどり着く過激な思想を語るシーンは、だからこそ説得力と恐怖を兼ね備えて観客に迫ってくる。あれほどの能力を持ちながら、小金を用立てることすらできない自らの無能への絶望が、その背景にはある。これこそが人間ドラマの厚みであろう。

そう、この映画は若者向けSFながら、人間が描けている。とてもしっかりとした脚本である。単に設定で奇をてらうのではなく、高校生、思春期ならではの爆発物のような心を見せきったといえる。

過激な選民思想は貧者最後のよりどころ。貧しさが増すわが日本も、そうした傾向がちらほらと見えてきた。「クロニクル」が描く若者の苦悩の行く末にも、決して他人事としてはみられぬ怖さがある。

この映画の親切なところは、そうしたダークサイドに落ちないための処方せんもしっかりと提示しているところ。

それは、他の二人にはあって主人公アンドリューになかった「あるもの」である。それさえあれば、彼はあちらの世界に行くことはなかった。彼らと同世代のみならず、これから男の子を育てる予定のお父さんにも、ぜひ見ておいてほしい佳作である。



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